石木ダム学習会のチラシ配り

みなさん、こんにちは。

石木ダム水没予定地住民のいしまるほずみです。

みなさん、いかがお過ごしですか?

11月の三連休の中日、今日は土曜日ということでみなさん楽しい休日をお過ごしかと思います。

ほーちゃんは…!

今日は、初めて川棚町内で開かれている石木ダム学習会のお知らせ「チラシ配り」に参加してきました😌



こんなチラシです。

今度の学習会は、11/18(土)18:30~開催とのことです。

対象地区は、上組地区と五反田地区というところ。

場所は、お寺の福浄寺です。

今度の会場は広いですよ〜!人がたくさん入れます!立派な仏間…というか、本堂で開催予定です!

ぜひ、みんなに聞きに来て欲しい!😳



…で、想像はしていましたが、やっぱりチラシ配りってそんな華やかな作業じゃないです!😞

今日は午後から風も強くて寒かったです。。

二時間かけて参加者で手分けして上組地区と五反田地区の2地区を配り回りました。

いやぁ…結構大変です!

た、い、へ、ん!😂



今まで、こういうしんどくて地道な作業を一部の支援者の方と地元の住民の方にお任せしていたわけですよ。。

今日は、私も時には犬に吠えられながら地道に配り歩き、たまに小走りで頑張りました😂

田舎だから、家と家の間がかなり離れているんです。

だから、本当、一軒一軒、地道に…です!

川棚町内の「#いしきをかえよう」はまだまだ始まったばかりですね。

もっとオープンに話し合えるよう開かれた町にしたいですよね。

川棚町内の学習会を支援してくださるスタッフも増えてくれるといいけれど、このチラシ配りは確かに根性いるわ!😂

いい運動にはなりますしね…参加したらこんないいことありますよ!っていうご褒美になるものがあったらいいのかな?

ほーちゃんは、地元なので、町内のことはそれなりに頑張らせていただきますよ☺️

メンバー増やしたいです!興味のある方はコメントください!

さてさて、個人的には11/1,2,3とゆっくりさせてもらったので、またぼちぼち、活動開始させてもらいます。

川棚町「石木ダム学習会」

川棚町民の会のスケジュールもぜひチェックしてね!

11/18(土)18:30~

場所は、福浄寺

対象地区は上組地区と五反田地区ですが、どなたでも自由に参加できますので、みなさんぜひ来てください☺️

全国各地から共有地権者がやってきた!

核廃絶NGO「ICAN」へのノーベル平和賞、長崎出身カズオ・イシグロへのノーベル文学賞、目前に迫った衆院選、そして長崎最大の祭「おくんち」開幕!と話題いっぱいの今日の新聞に、昨日の石木ダム行動の記事も3紙に掲載されていました。



少々わかりにくいかもしれませんが、簡単に言うと、

誰が=石木ダム建設絶対反対同盟を支援する会

誰に=佐世保市長県知事収用委員会会長

何を=土地の収用や明渡の裁決申請

どうした=取り下げor却下するよう要請した

ということです。

また、「石木ダム建設絶対反対同盟を支援する会」の会員の多くは共有地権者で、石木ダム建設予定地の中の一部の土地を共有している人たちです。ある土地は54人で、別のある土地は182人で共有しています。つまり、のべ236人もの共有地権者がいるのです。

そのうちの数名が昨日、全国各地(神奈川、愛知、山口、熊本、佐賀)から集まって、県内の共有地権者と共に、知事や市長に要請に向かったのです。

まず、訪れたのは佐世保市役所。対応したのは谷本水道局長です。



手渡した要請書はこちら。→ 2017.10.6佐世保市長への要請書

受け取った水道局長は、「必ず市長に届ける。しかし、石木ダムは佐世保市にとって不可欠な事業であり、様々な手続きを適正におこなってきたところであり、取り下げるつもりはない。これは市長代理としての発言だ」と述べました。

今回私たちが訴えたかったのは、石木ダムの必要性に関することではなく、地権者の権利侵害の問題でした。

事業認定の際には「得られる利益」と「失われる利益」が天秤にかけられます。「得られる利益=公益」が「失われる利益」よりも遥かに大きいということが明白でなければ認定できないはずです。しかし、石木ダムによって失われる利益の中に、13世帯の財産権や居住権、生活権などの基本的人権は何一つ見当たりません。

遠藤代表:事業認定申請書に、水没予定地に13世帯が居住していることに一言も触れていないのは何故ですか?

水道局長:裁判で係争中のことには答えられません。私の発言が裁判に何らかの影響を及ぼすことがあってはならないので、控えたい。

遠藤代表:では、裁判を取り下げれば答えてくれるんですか?

水道局長:それはわからない。そのときになってみないと。

といったやり取りがしばらく続いたところで、タイムキーパーを務めていた秘書課の職員が、終了時刻を告げ、「次の会合予定がありますので」と打ち切ろうとしました。

参加者:では、市長から文書での回答をお願いします。

水道局長:市長には伝えますが、文書で回答する必要があるかどうかはこちらで判断します。

他県からの参加者:「不親切だなー」「冷たいねー」「こちらは文書で要請してるんだよ。文書で返すのが当然でしょ?」「市長が見たかどうかもわからないでしょ?」

水道局長:市長には確実にお見せします!

と言って出て行く水道局長に「恥ずかしくないの?」「逃げるの?」という言葉が飛び交いましたが、止めることはできませんでした。

佐世保市民として、本当に恥ずかしかったです。このような対応を受け続け、それに慣れてしまっていた自分自身を再発見しました。

 

午後からは、県庁です。

まず、県知事あての要請書を土木部の吉田次長に手渡しました。



要請書はこちらです。→2017.10.6長崎県知事への要請書

吉田次長は、「住民の命を守るのが行政の仕事なので、ご理解いただきたい」「係争中のことへの発言は控えたい」などと、いつもの台詞を繰り返していましたが、地元地権者や長崎市民も合流して

参加者:以前、関係自治体の長が石木ダムを中止したら莫大な違約金を払わなければならないので止められないと言っていた。そこで、国(総務省の行政評価事務所)に問い合わせたら、「石木ダムを中止した場合に大きな違約金を取るような法律はありません」と言われた。このように住民を偽り、地権者の人生を奪うようなことをなぜするのか?

など、活発な意見が相次ぎました。

最後に、収用委員会への要請書を手渡そうと、事務局がある用地課に出向きましたが…

なんと!廊下でのやり取りとなりました。立ち話で終わり?なんとも残念ですが…委員会の皆さんは、しっかり受け止めてほしいものです。

要請書はこちら→2017.10.6収用委員会への要請書

今回の要請行動をきっかけに、共有地権者と呼ばれる地検者の仲間が動き出したことに新たな可能性を感じます。

地権者は13世帯だけじゃなかったんだ…ということを県や佐世保市に伝えることができたし、私たち共有地権者自身も主体的に何ができるのか考え、今後に繋げていきたいものです。

黒髪町での勉強会 たくさんのご意見と予期せぬ贈り物♥

10月1日は5回目の石木ダム勉強会。黒髪町にやってきました~

とてもきれいな会場で、設備も充実。りっぱなスクリーンをお借りできたので、いつもより大きな画面でたいへん見やすかったです。

これまで同様、佐世保の水と石木ダムに関する動画上映に続いて、この問題について『石木川まもり隊』の見方考え方を説明させて頂きました。

石木ダムの大きな目的は、私たち佐世保市民のための水源確保だと言われているが、本当にそうなのか?最近も広報『つたえる県ながさき』9月号で、「水源が不足している佐世保市は、昭和50年以降たびたび渇水の危機に見舞われています」と書かれていたが、平成6年の大渇水以来22年間、渇水による断水は実は一度もおきていない。まずは現在の実態を知ることが大切。

そこで3つの資料を用意しました。

これは水道用ダム貯水率のグラフ。(画面をクリックすると大きくなります)昨年4月から今年4月までの貯水率の推移を示すもので、長崎市、佐世保市、大村市、平戸市、そして県全体の5つの貯水率を比較することができます。

それぞれの貯水率の最低値を見てみると、一番低かったのは水色の線の大村市で、65.7%まで下がっています。黄色の線の佐世保市は実はどこよりも高く、88.3%でした。これが現状で、20年前とは大きく変化しているのです。

その大きな要因は、人口減少節水機器の普及で水の使用量が年々減少しているから。それを示すグラフがこちら。

これは一日最大給水量(一年間で一番たくさん水を給水した日の給水量)のグラフで、青の線がその実績値。2001年度は100,830㎥でしたが、昨年度は77,526㎥。その差は約23,000㎥。つまりわずか15年で23%も減少!

ところが赤の線の予測値を見ると、急激に増加!昨年度の予測値は100,491㎥で、実績値との差はこちらも約23%!

でも、2015年度は実績の方が予測よりも多くなっています。それも極端に。
実はこれは本当の給水量ではありません。確かに10万㎥以上もの水が配水されたのですが、その全てが使われたわけではなく、このうちの4万㎥は漏水だったのです。
2016年1月の大寒波による断水、覚えていますか?
あのときは凍りついた給水管が破損して、あちこちで大量の水が漏れ出し、配水池の水が空っぽになってしまいましたね。2015年度の最大給水量にはあの漏水量が加算されているのです。
2015年度の本当の一日最大給水量は2015年8月8日の76,872㎥でした。(緑の〇)2014年度や2016年度とほぼ同じです。

さらに、2016年度(平成28年度)の実績値について項目別に、予測値と比較してみると…



漏水量は一日平均6,852㎥です。これは4トン車1700台分です。そして平均給水量の9.8%、つまり約1割もの水道水がダダ漏れしているということ。モッタイナイですよね。

その平均給水量は予測値よりも1万㎥も少なかった。つまり予測は15%も過大だった。そして、一日最大給水量は予測値より30%も過大だったことがわかりました。

工場用水に至っては…予測値6700㎥に対し、実績は1300㎥で、400%も過大だった!?あり得ない予測ですね~

こういう予測に基づいて石木ダムが必要と言われても説得力はありません。そのようなダムに私たち佐世保市民は353億円を負担することになるのです。それでいいのでしょうか?

ということで説明を終えました。

司会者の「質問、意見、何でもどうぞ~」という進行を受けて、まっ先に手を挙げた方は、上品なご高齢の男性でした。

Aさん
私は地域に下水道が通ることになった時、飲み水をトイレに流すなどとんでもない!風呂の水を流すようにしたいと思い業者に工事を依頼したんですがね、5社全部に断られました。そこで下水道工事をするための借入金制度を利用して、水をポンプアップしてタンクに溜める工事を依頼し完成しました。そのおかげで渇水の時もトイレの水には苦労しませんでした。
 私がなぜそこまでやったかというと、子どものころ水は貴重なものだったんです。学校から帰ると家の水道が止まっているので、バケツを持って共同水道まで行き、並んで水をもらって帰るということを経験してるからです。
 それで、やっぱり水源地はいっぱいあったほうがいい、余裕が欲しいと思っていた。でも、今の説明を聞いて、うーん、もう一度考えてみようかなと思い始めました。 

Bさん
この資料を見ると、工場用水が極端に増えるように予測してあるが、水道局は何故そのような予測をたてたのですか?

 まもり隊
一番大きな要因はSSKです。当時不況により新造船の受注が思わしくないので修繕船に力を入れるという経営方針の転換が発表されました。それを知って水道局は修繕船がドッグ入りした初日は大量に水を使うので、その水量を倍増させSSK全体の給水量が4倍ほどに増加するという予測をたてました。私たちは当時あり得ない予測だとずいぶん抗議しましたが、案の定その後も工場用水は増えるどころか減る一方です。

Cさん
私はダムを造るよりも、もっと節水を呼びかけたらいいと思います。

Dさん
漏水対策はどのようにやっているんでしょうかねー

まもり隊
年間8億円くらいかけて老朽管の敷設替えをやっているようですが、老朽化も激しくなかなか漏水率は減りません。ブロック化という方法を取り入れてから漏水箇所の発見が効率的になり、漏水量も日量3000㎥くらい減りましたが、その後は横ばいという感じですね。もう少し漏水対策に力を入れてほしいですね。 

Eさん
水道局は勉強不足。私も以前、漏水対策の方法を具体的に水道局長あてに提案したことがあるが、「貴重なご意見ありがとうございました」と返信がきただけ。こういう態度じゃダメですね。私に任せてくれたら、私は漏水を止めてみせます。でもそうさせてくれない。それはなぜか?石木ダムを造れないからですよ。市長や水道局長はそんなに石木ダムを造りたいなら、こういう場に来て説明せんといかんですよ。そして、まず、現地の人によくお願いしなければいかんですよ。心が通っていない。それが問題。

 司会者
「貴重なご意見ありがとうございました」(会場爆笑)
いや、ほんとにそうですよね。漏水対策を先送りにして、353億円の負担金も次の世代にツケを回すことになるし、ちょっと無責任ですよね。

Fさん
もう40年も経っているんでしょ?なんで解決せんとですかね。

Gさん
こんなに長引いて、しかも佐世保市が350億円も負担しなければならない。なんで市は止めようと言わないんですかね。誰が儲けるんでしょうか?誰かが儲けようとしているんじゃないか、そんな気がするんですが…
 それから、今日の勉強会のために1500通も案内状を出されたそうだけど、これだけしか来てない…そこが問題じゃないでしょうか?もう少し佐世保市民に関心を持たせないと。ここに来てくれた人はわかるんでしょうけど。なんか方法がないのかな?

Hさん
佐世保市はなんでムキになってるんかな~メリットとデメリットがあると思うけど、それは何なんかな~佐世保市の人が来て、ここで言いやっこすれば、そういうのがわかってくると思うんやけどね~(そうねー、そうねーの声があちこちからあがる)

司会者
僕たちは毎回水道局に参加のお願いをしているんですが、水道局は「いま裁判で係争中でもありますし、水道局便りや広報誌やホームページで説明していますので」と断ってくるんです。でも、そういうのを見ても僕はわからないです。だから、来て説明してほしい。まもり隊の説明と水道局の説明と両方聞いて初めて僕らは両方の違いがわかるし、どっちを信用できるか判断できると思うんですよね。

Iさん
いま市議会で石木ダムに反対してるのは何人?1人?

まもり隊
実は4人です。最近4人になりました。

Iさん
いくら運動しても4人じゃ変わりませんよ。これは政治問題ですから。役所は決めたことはやり通そうとしますよ。だから、選挙の前に、石木ダムに賛成ですか反対ですかと公開質問状を出して、反対と書いた人には入れない、そうするしかないんです。

司会者
選挙の前だけじゃなく、地域の議員さんには話す機会があれば、石木ダムのことを聞いてみてほしいですね。どういうふうに考えてます?って。
 それから、皆さんも帰ってから、ご家族や近所の方に、「こんな勉強会に行ってきたよ、面白かったよ」って話してほしいですね。

Iさん
石木ダムは本当に必要ないんですか?必要ないという安心感がないから、今もずーっと続いているんでしょ?もう渇水はおきない、その安心感があれば、石木の人たちを追い出してまで造ろうとは誰も思わない。

(そこで現在の保有水源と給水量の関係を図表で説明しようとしたら)

いや、数字ではわかるんです。でも、ここ(胸に手を置いて)の不安が消えないから、それを取り除くにはどうしたらいいかということなんです。

Eさん
100%取り除くのは無理でしょうね。でも、方法はあるんです。海水淡水化です。渇水の時でも病院などにはちゃんと水が届くようにそういう装置を確保しておけばいいんです。

などなど本当に様々な貴重な意見が飛び交った有意義な時間でした。絶対推進ではないけれど、ないよりはあったほうがいいと思われている方も少なくとも2名ほどいて、そんな方が参加して下さったのが、とても嬉しかったです。

最後に司会者から、パタゴニアが呼び掛けている署名の紹介とアンケートへのご協力をお願いしてお開きとなりました。(その場で8名が署名し、用紙を複数枚持ち帰った方もたくさんいたそうです)

そして、終了後に予想もしなかった出来事が…

参加者のお一人が受付に封筒を預けていかれました。帰宅後開封してみると、中には高額なカンパと、匿名のお手紙が添えられていました。

本日はお疲れさまです
いつも行動ができなくて申し訳なく思っています
諸経費の一部に使ってください

とても驚きました。
金額にも驚きましたが、このような仲間の存在です。
私たちの知らないところで、同じ思いの仲間がいる。
目に見える行動には参加しない(できない)けれど、しっかりとした意思を持ち、陰で支えてくれる市民がいる。

とても心強いです。元気が湧いてきました。
これからも頑張ろう!と、単純な私はつい思ってしまいます。

それにしても、これだけ市民のラブコールが高まっているのに、水道局はどうして参加くれないのでしょうね~

参加者のお一人が言われたように、お願いのお手紙ではダメなんでしょうか。

やはり水道局に出かけて行って、直談判しかないのかナ? (-.-)

「99」を見て勉強会に参加!

今日は「佐世保の水と石木ダムを考える勉強会」の4回目。場所は西天神公民館第二集会所でした。

いつものように「佐世保の水のはなし」など3本の動画鑑賞の後、自由に意見交換となりました。

・いま現地はどうなっているの?

・市議会の議員さんたちの中に反対してる人はいるの?

などの、素朴な疑問が出され、現地の実情をよく知る人が説明したり、ちょうど参加なさっていた早稲田矩子市議から議会の話も聞けました。

早稲田市議が市議会には「石木ダム建設促進特別委員会」があるが、そこは「促進委員会」という名前の通り、賛成の議員しか入れない、と説明されると、「エー!?」という声や笑い声があちこちから聞こえてきました。

そして、こんな話も紹介してくださいました。

ダムが必要と言う議員の中には、「水が十分でなければ企業誘致できないから」という人も多いんですよね。でも、工業団地ができて実際にやってきた企業は、「井戸を掘ってくれ」と言うんですよ。企業が求めるのは高い水道水ではなく、安い井戸水(地下水)なんですね。だから「企業誘致のために石木ダム!」というのは、ダムを造る理由にならないと思いますね。

なるほどー!(‘◇’)

皆さんからも様々な意見が出されました。

Aさん:選挙の時、候補者はみんな石木ダムの話はしないので、どう考えているかわかりませんよね。しょうがないから、僕は自分の地域の議員さんに直接聞いてみようと思っています。石木ダムのことどう思ってますか?って。

Bさん:水道管はどんどん古くなっていきますよね。ダムを造っても、管が古いままでは漏れてしまって意味がないと思います。私は水道管の更新の方にお金を使ってほしいです。

Cさん:そうですよね。漏水をなくすのは、ダムを造るようなもんだと僕は思いますよ。

Dさん:今日の資料には、佐世保市の年間漏水量は石木ダムの利水用量よりも多いと書かれています。仮に漏水がゼロになれば、まさに石木ダムを造ったのと同じことになるんですねー

Eさん:私は10年ほど前に東京から佐世保に越してきて、水道料金が高いなーとびっくりしました。また、虚空蔵の水をよく汲みに行くので現地を通るたびに石木ダム反対の看板もよく目にしてきたんですが、正直あまり真剣に考えてはいなかったです。
でも、今回「99」の記事を読んで自分の意識がガラッと変わって…その時たまたま、この勉強会の案内を見て来る気になったんです。今日のお話を聞かせてもらって、とても良かった!周りの人に伝えたいと思います。

Fさん:前の光武市長が下ノ原ダムの嵩上げ工事をしましたが、あの時、市長は県と国からものすごく叱られたと聞きました。石木ダム計画があるのに、何故そのようなことをするのかと。でも、光武市長はそんな圧力をはねのけ、どうしても必要な工事だと頑張ったそうです。新しくダムを造らなくても、方法はいろいろあると思うんですよねー

Gさん:佐世保にはため池がたくさんありますよね。中にはダム以上に大きいものもある。今は耕作放棄地が増え、あまり使われていないようですが、そのようなため池の水を水道用に活用できるのではないでしょうか。

司会:そういうふうに私たちが水問題や石木ダムに関心を持って、自分自身で考えたり、周りの人と気軽に話し合ったりすることが大事ですよね。最後に、まだ発言頂いていないんですが、若い方の感想も聞きたいのでお願いできますか?

と、指名された若いご夫婦。2人の元気なお子さん連れで参加なさっていましたが、そのお父さんの方が、発言してくれました。(声が小さかったので、正確ではないかもしれませんが)

石木ダムのことが 分からずにいたので、参加しました。
反対されている方の理由を聞きたいと思っていました。
言われていることはよくわかりました。
建設する側の話も聞ければと思いました。

ですよねー!どこの会場でも聞かれる感想です。推進派の方は、どうして参加して頂けないのでしょうか?

かくかくしかじかこういうわけで、どうしても石木ダムは必要なんですよ、と語ってほしいのですが…

私たちは対立のための議論なんて望んでいません。
より良い佐世保の未来のために、どのような選択がいいのか、一緒に語り合い、考えていきたい、ただそれだけなのですが。

(‘_’)

 

ほたるの里の抵抗

少し前、日本外国特派員協会の機関紙「NUMBER 1 SHIMBUN」の6月号に石木ダム関連記事が掲載されたとお知らせしました。http://ishikigawa.jp/blog/cat17/2608/ 

「NUMBER 1 SHIMBUN」の記事はこちらです。http://www.fccj.or.jp/number-1-shimbun/item/946-rebellion-in-the-valley-of-the-fireflies.html

 この記事の日本語訳がボランティアによってなされ送られてきましたので、ここに掲載させて頂きます。
 

Rebellion in the Valley of the Fireflies

ほたるの里の抵抗

Wednesday, May 31, 2017



In a small village in southern Japan, a dam project has been dividing the local community for over five decades. Most residents have left, but a few households continue the fight against the dam – and they’ve been successful so far.

日本の南の小さな村で、50年以上前のダム計画が地域コミュニティを分断している。住民の多くはここを去ったが、まだいくつかの世帯がダム反対の闘いを続け、その闘いはいまのところ成功している

by Sonja Blaschke

ソニア・ブラシュケ

On a Monday morning in June two years ago, a dozen women gathered in front of a construction site in Koharu Valley in Nagasaki Prefecture. The atmosphere was tense. They hid their faces behind scarves, masks and under wide-brimmed hats with fly nets, and wore long, blue jackets from the local firefly festival to demonstrate their unity. They held signs reading: “We are against the dam” or “Stop forced expropriation.” They had been protesting there almost every single day for several months. What was at stake were their very homes.

Cars pulled up. Several men in work overalls, rubber boots and helmets got out and walked towards the small crowd, which huddled close together. Some of the men worked for a local construction firm, some were Nagasaki prefectural staff.

2年前の6月、月曜の朝、長崎県川原の建設現場の前に数十人の女性が集まっていた。空気ははりつめ、顔をスカーフやマスク、虫除けネットのついたつば広の帽子で隠し、団結を示すための地元のほたる祭りの青いはっぴを着ていた。手に持ったプラカードには、「ダム反対」、「強制収用やめろ」と書かれていた。この場所で、数ヶ月にわたり休みなく毎日反対運動をしている。かれらの故郷の何が危険にさらされているのか。

For over 50 years now, the prefectural government has been trying to build a huge dam – 234 meters wide and 55 meters tall. When completed, the Ishiki Dam would leave what is now the small Kobaru community submerged deep under countless cubic meters of lake water. Disappearing with the town would be its pristine natural surroundings, the habitat of several endemic species, say the protesters.

50年以上にわたり、長崎県は幅234メートル、高さ55メートルの巨大なダムを建設しようと試みてきた。それが完成すると、石木ダムはいまの川原地区を深いダム湖の大量の水の底に沈めることになり、手付かずの自然環境や数種の固有種の生息場所も失われる、と反対者らは言う。

Disappearing with the town would be its pristine natural surroundings, the habitat of several endemic species, say the protesters.

町とともに消えるのは、手付かずの自然環境と数種の固有種の生息場所、と反対者らは言う

 

Yet, even after all this time, the dam is far from completion; even the foundations have yet to be laid. All that’s visible are a few barriers and some construction machines. The prefecture recently revised the completion date from March 2017 to March 2022.

今でも、ダムは完成には程遠い。その基礎すらも完成してはいない。目に見えるのはいくつかの柵と数機の建設重機。県は最近、建設完了日を2017年3月から2022年3月へと変更した。

Though the officials and construction company managers kept appealing to the women to let the workers pass, the protesters remained silent. “If we start talking, we only get worked up,” Sumiko Iwashita explained later. The women felt that any discussion would lead to offers of compensation, but little in the way of a real exchange of opinions.

行政や建設会社のマネージャーらは女性たちに作業員のために道をあけるよう再三伝えるが、反対者らは沈黙を保つ。「話し始めると、感情的になってしまいます。」と岩下すみ子さんは後に語った。話を始めると、真の意味での意見の交換ではなく補償の提示につながる、と女性らは感じている。

THE AUTHORITIES CONSIDER THE dam necessary to prevent flooding of the nearby Kawatana River and to supply water to the city of Sasebo, located about 40 minutes from Kobaru by car. Some decades ago, the city had experienced a water shortage and had to ration water for a while. However, Kobaru residents find reports about a supposed lack of water in Sasebo exaggerated. They argue that actual water use has been dropping with the introduction of new technology, and a predicted rise in population in Sasebo has failed to materialize. The dam opponents suspect some influence from Tokyo: the Liberal Democratic Party, which has dominated the country for decades, traditionally falls back on infrastructure projects to boost the economy.

行政は、川原から車で40分の場所にある佐世保市に水を供給している近隣の川棚川の氾濫を防ぐにはダムが必要だと考えている。数十年前、佐世保市は水不足を経験し、しばらく水の配給を行わなければならなかったことがある。しかし川原住民は、佐世保市の水が不足するといわれているのは大げさだとする報告を見つけた。その報告では新技術の導入とともに実際の水使用量は減少し続けており、佐世保市人口の増加予想は現実とはなっていない。ダム反対者は政府からの影響を疑っている:日本を数十年にわたり支配してきた自民党は、伝統的に経済対策のためにインフラに頼っている。

Two years on, the protesters have refused to let themselves be intimidated. They are aware that once they give in, the 60 residents that remain in 13 of what were once close to 70 households will have to leave their hometown forever, thereby abandoning land which, in some cases, their ancestors have inhabited for generations. Six days a week, from morning to evening, the women, flanked by non-resident supporters, continue to block access to the site. Most of them are retirees. It once was the men, the household heads, who led the protest, but they were charged with obstruction of construction. If they actively take part in the protest, they can be fined, an activist explained. That was another reason why the women did not want to reveal their identity while protesting.

2年にわたり、抗議者たちは自分たちを鼓舞してきた。ここで降参してしまうと。もともと70世帯が暮らしていたうちの残りの13世帯、60人の住民が故郷を永久に離れなければならなくなり、中には数世代にわたり先祖が住み続けてきた土地を見棄てなければならなくなる。週に6日、朝から夜まで、住民ではない支援者に囲まれダム現場への立ち入りを防ぎ続けている。彼女らの多くは定年退職者である。以前は男性、世帯主が反対運動を指揮していたが、彼らは工事を妨害したことで罪に問われた。反対運動に積極的に参加すれば、罰金を科せられる、と活動家は説明した。こういった理由もあり、女性らは抗議中に身元を明かしたくないと考えている。

 

It once was the men, the household heads, who led the protest, but they were charged with obstruction of construction.

以前は男性、世帯主が反対運動を指揮していたが、工事を妨害したことで罪に問われた。

 

“There are not so many of us, so we cannot take turns. That is why we bring our lunches and some water, rain coats and umbrellas,” Iwashita explained. The youthful 66-year-old is one of 60 people who after decades of fighting against the dam continue to live in Kobaru. With her husband and one of her sons she lives in a big house set a little above the fields. “I love nature,” she said with a smile. “Birds always sing here.” People who drive through Kobaru can see big signs reflecting the residents’ attitude on the roadside: “If your hometown was going to disappear – how would you feel?”

「人数がそういるわけでもないので、交代はできません。だから水とお弁当、レインコートと傘を持ってきます。」と岩下さんは言います。若々しい66歳は、ダム建設に何十年も立ち向かいながら川原に住み続けている60人のうちのひとり。ご主人と息子の一人と一緒に、やや高台にある大きな家に住んでいる。「私は自然が好き」、と岩下さんはにっこりと笑います。「ここはいつも鳥が鳴いています。」川原を車で通り抜けると、道沿いに大きな看板があり、それは住民たちの気持ちを代弁している。「あなたの故郷が消えるとしたら、どう思いますか?」

 

OFFICIALS FROM NAGASAKI PREFECTURE insist they have done much to garner the understanding of the residents. In fact, construction work was paused for 30 years until, in 2009, the authorities decided to make use of the expropriation law, a highly unusual step. Generally, authorities try to “convince” people affected by a construction project, if necessary with pressure – and money, as dam opponents believe.

長崎県職員らは住民の理解を得るためにさまざまなことをしてきた、と強調する。実際のところ、工事は2009年に役人が強制収用法を活用するという非常に珍しい手順を踏むまで30年間休止されていた。一般的に行政は、必要があれば圧力と金銭を使い、建設計画により影響を受ける人々の“説得”をしようとするとダム反対者は信じている。

The protesters took their case to court, but in December 2016 their suit to stop construction was dismissed. Only a few weeks later, on an early Sunday morning in January – the only day of the week on which women did not gather – workers brought heavy machinery to the construction site. Since then, confrontations along the site fence have been resumed with renewed vigour. At the same time, authorities have kept pushing expropriation efforts: for the past three years, a commission has been working on assessing the value of the remaining residents’ land to determine compensation payments.

反対者はこの件を裁判所へと上げたが、2016年12月、建設を止めるための彼らの訴訟は棄却された。そのたった数週間後の1月、女性たちが唯一集まらない日である日曜の早朝、作業者らは重機を建設現場へと運び込んだ。それ以来、新たな心持ちで現場のフェンス沿いでの攻防が再開された。それと同時に、行政は収容に向けた動きを推し進め続けてきた:この3年間、委員会は賠償支払い金額の算定のために、残りの住宅地の価値査定を進めている。

Despite the image of the protesters as being of advanced age, there are also many young people living in Kobaru. One man, 43-year-old Shinya Kawahara, dressed in a striped T-shirt and beige pants, sat in the local community house, its walls decorated with black-and-white photos from protests, handwritten posters and banners from supporters from all over Japan. Born and raised in Kobaru, Kawahara, a shift worker at a local ceramic parts factory, said he could not imagine living elsewhere. He loved playing with his teenage daughters at the river, observing fireflies in early summer, watching birds or collecting bugs. “This is the only home we have. I think it is natural for us to want to protect it.”

 

反対者は年齢の高い人だという印象があるが、川原には多くの若者も住んでいる。その一人がストライプのTシャツとベージュのパンツを着た43歳のかわはらしんやさんは、抗議活動の白黒写真、日本全国の支援者からの手書きのポスターやバナーの貼られた公民館に座っていた。川原で生まれ育ったかわはらさんは、地元の陶器パーツの工場でシフト勤務をしており、ここ以外に住むことが想像できないという。川で10代の娘と遊んだり、夏の初めには蛍を観察したり、鳥を眺めたり虫を集めることが好きだと言う。「私たちの家はここにしかありません。それを守ろうと思うのは自然なことです。」

He saw policemen lifting grandmothers who were sitting on the ground and hauling them away.

彼は警察が地面に座る祖母たちを持ち上げ、引きずっていくのを見た

He was witness to an event that marked the beginning of this long-running battle of wills. He was 11 in 1982, when he watched officials come to the valley to measure the land in preparation for the dam, accompanied by riot police. He saw policemen lifting grandmothers who were sitting on the ground and hauling them away. Crying children were carried off or thrown to the side, he remembered. Kawahara himself tried to punch a policeman in the stomach, but the man was wearing a metal plate under his shirt.

彼はこの長く続くことになる意思の戦いの始まりとなった出来事の証人でもある。1982年、彼が11歳のとき、ダムの準備に向けた土地の測量のために役人たちが機動隊を連れて来たのを見た。彼は警察が地面に座る祖母たちを持ち上げ、引きずっていくのを見た。泣いている子供たちは連れていかれるか、脇に投げられたのも覚えている。かわはらさんも警察官の腹を殴ろうとしたが、シャツの下には金属のプレートを着込んでいた。

THE REMAINING RESIDENTS POINT to the brutal police operation in 1982 as the reason they lost trust in the prefectural administration. In fact, the authority itself acknowledges that the incident inflicted “deep wounds to the hearts of the residents,” and the governor at the time attempted to make amends by sending apology letters and trying to meet with Kobaru residents.

今も残る住人たちは、1982年のこの残虐な警察の動きを、県政への信頼を失った理由としてあげる。実際、県行政自身がその事件により「住人の心に深い傷」を残したと認めている。また当時の知事は謝罪の手紙を送り、川原の住人に会おうとするなど傷を埋めようと試みている。

However, four kanji – 面会拒否 – on a sign at the door of 66-year-old Isamu Ishimaru’s house are a token of the failure of those attempts of reconciliation. They read menkai kyohi or “refusal to meet,” and they refer to his deep disappointment in politicians, including the former governor, who broke his promise not to build the dam if just one person was against it.

しかし、石丸勇さん(66歳)の家のドアに貼られた4文字の漢字、面会拒否こそが、和解の試みの失敗の証である。この4文字には、ひとりでも反対の人がいればダムは建設しないと約束した前知事を含む政治家に対する深い失望が現れている。

Although Ishimaru only arrived in 1978 from the nearby Amakusa islands with his parents, he considers the little Kobaru Valley home. “This is where traditional Japanese society still remains intact,” he said. Ishimaru walked slowly on a small road leading up to his house where he lives with his wife and daughter, gazing across the light-green rice fields. Dragonflies were flitting through the air. Between the rice plants one could hear frogs croak.

石丸さんは両親とともに近隣の天草諸島から1978年に川原に来たのだが、川原の里を故郷と考えている。「ここは伝統的な日本社会がまだしっかりと残っているところ。」と石丸さんは妻と娘と住む自宅に向かう小道をゆっくりと歩きながら、時折薄い緑色の田んぼに目をやりながら語った。トンボが空を切る。稲の苗の間からは、かえるの合唱が聞こえる。

Isamu Ishimaru


Sumiko Iwashita


“If we start talking, we only get worked up.”

「口を開いたら、熱くなってしまう。」

 

Isshin Taguchi


Shinya Kawahara


 

Ishimaru talked about his defiance while pointing to a small street skirting some of his rice fields. That would be where the new main road would to go through, he explained, as the current one would be submerged. Some of his fields were already expropriated on paper, but he continued to plant rice on them anyway. The former public servant considers the expropriation a violation of the Japanese Constitution, which guarantees the right to life, freedom and pursuit of happiness.

石丸さんは、自身の田んぼに向かう小道を指差しながら果敢な抵抗について語った。もし今の道が水の底に沈むことになれば、その道が通り抜けるメインの道になると彼は説明した。彼の田んぼの一部は、書類上ではすでに収容されたことになっている。しかし彼はそこでの稲作を続けている。元公務員の彼は、収容は生きる権利、自由と幸福の追求を保証する日本国憲法の侵害と考えている。

But there are those who have accepted the government’s plans and moved out. Over the past decades, more than 50 households have given up and left. A new housing estate for those who left the valley stands in nearby Kawatana, the village of 14,000 people of which Kobaru is a part. Although it’s only a few kilometers down the road, the emotional distance is enormous; the people who moved here from Kobaru, especially the elderly generation in their sixties, do not speak with their former neighbors anymore. Both sides feel betrayed.

県の計画を受け入れ、家を出たものもいる。過去数十年の間に、50世帯以上があきらめ、この地を去った。川原を去った人の家屋は今、近隣の川棚という川原も含む人口14,000人の町に建っている。その距離は数キロしかないものの、感情的な距離は非常に遠く、川原から川棚に引っ越した人々、とくに60代の年配の世代は元ご近所さんとは話すこともない。どちらもが、裏切られたと感じている・・・

While there is some support from outside the valley, it seems that most of their immediate neighbors do not feel like getting involved in the struggle. The family of Isshin Taguchi has been living in Kawatana village, downstream from the dam and therefore unaffected by the project, for over a hundred years. In fact, the unaffiliated, conservative local politician and former ministerial bureaucrat who heads up the dam construction committee argues that the dam is important as a measure to prevent floods. In the nineties, part of Kawatana was severely damaged by flooding after strong rainfall. “I am not exactly eager for the dam to be built – but it is just necessary,” he says. Nagasaki Prefecture emphasizes that the Ishiki Dam would protect the area from severe floods that occur with a statistical frequency of once in a hundred years.

川原ではない場所から支援もいくらかあるものの、すぐ近くの隣人たちはこの争いに関りを感じていないように見える。田口一信の家族は川棚町に100年以上住み続けており、ダム下流にあるためダム計画の影響は受けていない。無所属、保守的な地元出身の政治家であり元省職員でダム建設委員会を率いる田口さんは、ダムは洪水を防ぐための大事な方策だと語る。90年代、川棚の一部は強い雨の後の洪水により多大な被害を受けた。「ダムの建設に熱心というわけではない。」と彼は言う。統計的には100年に1度の頻度でおこる重大な洪水から、石木ダムはこの地区を守ることになる、と県は強調する。

 

Thanks to young, dedicated residents like Shinya Kawahara, there seems to be little chance of the resistance in Kobaru fading.

カワハラシンヤのような若く熱心な住民のおかげで、川原の抵抗行動が尻すぼみになる可能性は小さい

 

Despite all of the setbacks the Kobaru residents try to stay positive. What encourages them is that the authorities still have not managed to move the project visibly forward. In fact, there are many major construction projects throughout the country, from dams to nuclear power plants, which have been stalled or prevented by local resistance. There was also the local resistance to the Arase Dam in Kumamoto Prefecture that led to its being completely torn down, in the only such case in Japan. Thanks to young, dedicated residents like Shinya Kawahara, who feel called to continue the protest, there seems to be little chance of the resistance in Kobaru fading.

さまざまな障害がありながらも、川原の住民は前向きでいようと心がけている。行政がこのプロジェクトを目に見える形で前進させることができていないことが、彼らを勇気付けている。実際、日本全国にはダムから原子力発電所といった大きな建築計画があるが、地元の抵抗により行き詰まり、回避されたものが多くある。熊本県の荒瀬ダムでも地元の抵抗があり、その結果完全に撤去されることとなった。これは日本で唯一のケースである。若く熱心で、抗議を続けようと声をかけ続けるカワハラシンヤのような住民のおかげで、川原の抵抗行動が尻すぼみになっていく可能性は小さい。

 

At the protest site, the soft-spoken yet feisty Iwashita revealed how she managed to keep her balance and persevere through the exhausting fight: She did not think ahead much, she said. To relax she likes to rip out weeds in her garden. She emphasized that the women tried to keep up their good spirits by enjoying delicious food and by laughing together a lot, “because you cannot fight if you are depressed.”

反対活動の現場で、口調は柔らかだが気骨のある岩下さんが、疲れる闘いの中どのようにバランスをとりのりこえているのかを話してくれた。あまり先のことは考えないのだ、と彼女は言った。リラックスするのに、庭の雑草を抜くのが好きだと。女性たちの気持ちを明るく保つには、おいしいものを一緒に楽しみ、一緒に笑うことだ、と彼女は強調する。「沈んでいたら闘えないからね。」

Kawahara, the local-born ceramic maker employee, said he suppressed thoughts about the fact that he might have to move away some day. “I will get old in Kobaru,” he stated decisively. ❶

Sonja Blaschke is a freelance East Asia and Australasia correspondent for German print media and a TV producer. She divides her time between Japan and Australia.

地元生まれで陶器メーカー社員のカワハラは、いつかここから引っ越さなければならないかもしれないという思いにふたをしているという。「私は、川原で年をとるのだ」と彼は断固とした口調で語った。

 

ソニア・ブラシュケはドイツの印刷メディアの東アジア・オーストララジア特派員でTVプロデューサー。日本とオーストラリアの半々で暮らしている。

 

ひだまり

昨夜は久しぶりにライブを楽しみました。



ご存知ですか?東田トモヒロさん

昨年10月末、こうばるで開催された音楽イベント『WTK』に出演されたアーティスト。あの時は、裏方の手伝いで、ほとんど演奏を聴く余裕はありませんでした。今日初めて、しかも間近でじっくり聴かせて頂きました。



なんて優しい声!ライブの前に上映された『ほたるの川のまもりびと』の映像と、トモヒロさんの柔らかい歌声が絶妙にコラボします。

みんな良かったけれど、私は特に「ひだまり」が好きでした。


もとには戻れないかもしれない
奇跡はおこらないかもしれない
だけど心の小さな光を 信じて歩いて行く
そして私は今日もここにいる
あのひだまりのように
あのひだまりのように

楽しい時間はあっという間に終わり、トモヒロさんやお店の方に促されて、
石木川まもり隊の話を少しだけさせて頂きました。
私たちがなぜ、石木川を守りたいと思っているのか…など。

素敵な場を提供して下さった「波の上」の皆さん、https://www.facebook.com/namisasebo/

素晴らしいイベントを企画準備して下さったパタゴニア福岡の皆さん、
https://www.facebook.com/PatagoniaFukuokaStore

ほんとうにありがとうございました!

そしてこちらは、
そのパタゴニア福岡ストアの店内一角にある『環境コーナー』。



ダム問題や石木川、こうばるに関する情報やグッズが置かれています。

その隅っこに、さりげなく置かれている「カンパBOX」。



つい最近、こちらに茶封筒に入ったカンパが寄せられました。

封筒の表にはメッセージも添えられていました。

石木川まもり隊 様
ご苦労様です。
何もできませんので、寄付だけさせて下さい 29.5.14

個人の方から頂くにはとても高額でした。せめてお礼の気持ちを伝えたいと思ったのですが、その方は、お店のスタッフにも気づかれないよう、そっと入れてあったので、お名前もご住所もわからないそうです。

その方が、このブログを見て下さっている可能性は少ないかもしれませんが、ゼロではないと思うので、この場を借りて、お礼申し上げます。

  福岡の足長おじさんへ
  いつも温かいご支援をありがとうございます。
  新たなグッズの制作費や、活動費(勉強会開催など)に
  使わせていただきます。
  いつかきっと、石木川のほとりで会いましょう。
  ゲンジボタルやサンショウウオも待っていますよ。

佐世保の水と石木ダム勉強会in山手町

この前の日曜日(5/21)、山手町公民館でこんな勉強会が開かれました。



参加者は全部で19人。とても小さな集まりでしたが、有意義なひと時でした。

3月の原分町での勉強会にも参加しましたが、あの時とは内容も雰囲気もかなり違っていました。

今回はあまり難しい話ではなく、佐世保の水事情や石木ダムに関する映像を観て、感想を述べ合ったので、誰もが気楽に発言なさっていました。(女性が多かったので井戸端会議的な雰囲気)

こういうふうに、勉強会もいろんなやり方があるのはいいですね。

やり方がいろいろあるように、参加者もいろんな考え方があっていいと思うのですが、こういう場に足を運ぶのは、どうしても、どちらかと言うと、石木ダムに反対とか疑問があるとかいう人たちが多いですね~

どうしてでしょう?
賛成派の人たちは、どうして参加しないのでしょう?

「石木ダム建設促進佐世保市民の会」というダム推進の会にも案内状を送ったそうです(ゲスト席にその札紙が貼られていました)が、空席となっていました。
あまり勉強したくないのかな?それとも議論したくないのかな?
でも、いずれは答えを1本化しなければならないのですから、相手の意見もしっかり聞いて、その上で自分の意見をきちんと伝え、一緒に考えていきたいですね。
そのプロセスを抜きにしては良い結論は得られないのですから。

余談ですが、来月「石木ダム建設促進川棚町民の会」の総会と講演会があるのですが、それへの参加要請の声掛けが会員におこなわれているそうです。その電話をもらったご本人は勉強会のことは何も知らなかった、知らされていなかったとおっしゃっていました。
促進派の集会なら他所の町にも出かけるように勧めるけれど、反対派もやってくる一般市民の集会なら、同じ市内であっても連絡さえしないんですね。残念です。

促進市民の会だけでなく、市議会の石木ダム建設促進特別委員会の席も、水道局の席も空席でした。
これには、参加者の誰もが失望していました。

特に「私は賛成でも反対でもありません。よくわからないので、両方の意見を聞いて考えてみたいと思ってやってきました」とおっしゃった方は最後まで残念そうでした。

水需要が減り続けているという現実、
漏水が多い、老朽管の更新費用は莫大で追いついていないという現実、
一方、石木ダムに関する市の総事業費は353億円にものぼるという現実、
これを知れば石木ダムは要らないと思うが、市には別の言い分があるのではないか、それを知りたい、そこを聴きたいと思ってやってきたのに…と。

水道局はこのような市民の願いをなぜ無視するのでしょうか?
市民の税金、水道料金を使って進める事業ですから、説明責任はしっかり果たしてほしいものです。

推進派の意見が聞けなかったという不満は残るものの、「このような場はとても大切」「市内のあちこちで、このような勉強会を開いてほしい」との声もきかれました。

次はどこで開かれるのでしょうかね~

 

あっちでもこっちでも勉強会

3月25日(土)川棚町で、石木ダム問題を考える3回目の学習会が開催されました。今回の地域は、平島と宿です。

これまでと同じように、治水に関する県の主張や利水に関する佐世保市の主張の問題点を、川棚町民と佐世保市民がそれぞれ指摘し、ダムそのものの問題点や被害の大きさを熊本県民が伝えました。様々な資料やデータや写真が提示され、たいへん客観的で説得力のある内容でした。

説明の後の「みんなで語ろう」のコーナーも様々な意見が次々に出され、とても良かったのですが、その中で、えっ!?と思うような発言もありました。



川棚町議で、石木ダム対策調査特別委員会委員長の発言です。
(もっともこの日は一議員としての参加とのことでしたが)

元県議で佐世保市民のSさんから、「あなたは町議として、こうばるの方々の人権についてどう考えているのか」と問われた時の答えです。

「正当な補償をされるので、人権の侵害には当たらないと理解している」

みんなあっけにとられました。
憲法に保障されている居住権や生活権、幸福を追求する権利など、全てお金で買えると言いたいの?本気でそう思ってるの?と。

それでも、このような学習会(「石木ダム建設に反対する川棚町民の会」主催)に参加して、自説を堂々と述べられるのは立派ですね。県や佐世保市はどんなに説明を求めても逃げてばかり。出てこようとはしないのですから。

それは、翌26日の佐世保市での勉強会でも明らかになりました。
こちらは川棚町の学習会と違って、反対派が主催するものではありません。地域住民が発起人となって町内の人に呼びかけおこなわれた純粋な勉強会です。だから、呼びかける際に案内状に同封した資料は2枚、「水道局だより」と反対派のチラシ各1枚。そして、勉強会の助言者として水道局職員と、石木ダム訴訟原告団事務局長に依頼されたのです。

しかし、2度にわたる要請にもかかわらず、水道局はその依頼を断ったそうです。理由は「司法の場で審理を受けているから」と。

「水道局だより」では、佐世保市がものすごく深刻な水不足であるかのように解説しながら、それについての市民の疑問や反論には答えたくないという姿勢。一方的な説明にだけ終始し、真の説明責任を果たそうとせず、その口実に裁判を使うなんてズルイですね~

よっぽど、自信がないのでしょうか。
佐世保の水不足や石木ダムの必要性について。。。(._.)

あっちでもこっちでもチラシ配り

3月19日(日)長崎市のアーケード街で、石木ダムの中止を訴えるチラシ配りと署名活動がおこなわれました。



「石木川の清流とホタルを守る市民の会」が主催して、N-Dove の若者たちもお手伝い。1時間で125筆も集まったそうです。

その1週間後の日曜日26日は、佐世保でもチラシ配りがおこなわれました。こちらは、地元地権者こうばるの皆さんが自ら佐世保市民に呼びかけました。



私たちの家や土地をダムの底に沈めないで!と。

こちらもアーケード街でおこなわれ、石木川まもり隊も、ほんの少しお手伝い。もっとたくさん参加したかったのですが、同じ日時に別の活動(それについては別途ご報告)をやっていたので…。

このように、あっちでもこっちでもチラシ配りなど始まっていますが、地権者の皆さんが佐世保市内で実施するのは極めて稀です。しかも今は毎日の抗議行動で皆さん体はクタクタのはず。それでも訴えたい、訴えずにはおれない。県は家や土地の強制収用に向けた手続きを粛々と進め、工事を強行しようとしているのですから。

そんな心情を、どうか想像してみてください。
私は一佐世保市民として、とても辛いです。
佐世保市民のあなたは、長崎県民のあなたは、どのように感じますか?