川は流れてこそ川

熊本県の球磨川といえば、日本三大急流の一つ。

川下り、アユ、を連想する清流ですが、ダムが造られてからは、

水質悪化、アユの減少、洪水被害等々流域の人々は苦しめられてきました。

そこで大きな住民運動がおこり、ついに昨年から荒瀬ダムの撤去作業開始。

ダム撤去による効果を確信した住民は、

今度は瀬戸石ダム(荒瀬ダムの約10キロ上流にあるダム)の撤去を求めて、

24日八代市で集会を開きました。

その集会で採択された宣言文をご紹介します。

「川は流れてこそ川」という一文が強く心に残りました。

同感です。

流れを止めれば、それはもはや川ではなく、

川としての死を招き、流域の生態系の死も招いていくでしょう。

私たちの血管の流れを止めたら、私たちの体はどうなるか?

それとおなじことでしょう。

 


         集会宣言

かつて私たちにとって、球磨川は文字通り宝でした。

澄んだ豊かな流れとともに、鮎を始めとする多くの魚が群れ泳いでいました。

球磨川はとりきれないほどの魚を私たちにもたらしました。

また私たちは、川で泳いだり遊んだりしていました。

私たちの生活は川とともにあったのです。


私たちから川を遠ざけたのはダムです。

ダムは水害を引き起こし、私たちの家や財産を奪いました。

ダムが出来る以前には水害という言葉はありませんでした。

ダム湖からの放流やダム湖の水位上昇により、ダムは球磨川を水害頻発地帯

に変えてしまったのです。

また、水質悪化をもたらし、ダムができるごとに漁獲高は激減していきました。


1958年の完成以来、このような瀬戸石ダムによって私たち流域住民は

苦しめられてきました。

しかし、電源開発は、瀬戸石ダムの弊害の実態に目をそむけ、認めようとしません。

私たちの声には耳を貸さず、瀬戸石ダムの水利権申請を急いでいます。

私たちはこのような電源開発の姿勢を容認するわけにはいきません。

熊本県は球磨川水系において、これまで川辺川ダム中止、五木ダム中止、

荒瀬ダム撤去という政策を採ってきました。

ダムのない社会を目指す私たちはこのことを高く評価しています。

私たち流域住民は「球磨川は宝」という熊本県の基本的な立場から、

熊本県が私たちの声を聞いて、

瀬戸石ダム撤去の実現を目指して動いていくことを期待しています。

川は流れてこそ川。

瀬戸石ダムは能力の6割程度の発電しか行っておらず、

川をせき止めているだけの障害物です。

蒲島郁夫熊本県知事の英断で、荒瀬ダム撤去が実現し、今、清流・球磨川や

豊饒の海・不知火海がよみがえりつつあります。

ダム中止・撤去にこそ明るい未来があるのです。

ダムはもう沢山です。

私たちに宝の川、球磨川を返してください。

私たちは、瀬戸石ダムの存続を許さず、その撤去を実現するまで闘っていくことをここに宣言します。

 

2013年11月24日「球磨川は宝 瀬戸石ダムはいらん!住民大集会」参加者一同

 

裁判長、起きてください!

行政による横暴が実行に移される可能性があるとき、頼りとするのは司法。

今回石木ダム事業認定についても、それはおかしい、まちがっている、

と感じている人々は少なくない。

いずれ、事業認定の取り消し訴訟や執行停止訴訟が始まるでしょう。

 

でも、その司法の場は期待できるのでしょうか?

期待したいけれど、今日のこのブログを見たら・・・

10月9日「裁判長、起きてください!」です。

http://seisaku-essay.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-a94e.html

 

政策エッセイストまさのあつこさんのブログ「晴れの日は楽しく、雨の日は静かに」に

掲載されていたおもしろい記事です。

クスッと笑い、その直後にため息のでるような内容でした。

 

「このデータは、控訴人にとっては、八ッ場ダムへの支出は違法である、ということを立証する一つの重要な根拠であり、それを3人の裁判官に示したことになる。

根拠は全部で34点にも及んだ。証人は、裁判長の顔を見上げて、弁護士の質問に答えながら一つひとつ丁寧に論証していった。

ところが、この論拠を審理する3人の裁判官のうち、真ん中の一番高いところに座っている裁判長が、寝ていたのである。

裁判長、起きてください!

傍聴人として、取材者として、そう言って起こすべきだっただろうか。」

 

「審理中に寝ていて、これが公正な裁判なんだろうか。

果たして、この人は、その判決文に自分の名前を記すことができるのだろうか。」

 

「この珍事をツイッターでつぶやいたら、連動させているFacebookから、「だから法廷は撮影禁止なのです。そう思います」とある弁護士から届いた。」

 

まさのさんの記事はいつもユーモアをもって書かれているけれど、

そこにある現実はかなり深刻です。  

 

集中豪雨 ダムは被害を大きくする

先週末から全国各地で集中豪雨による被害が相次いでいますが、

集中豪雨とダムに関するこんな報道がありました。

 

河北新報2013年07月29日の記事によると、 

http://www.kahoku.co.jp/news/2013/07/20130729t63004.htm


2011年7月末の新潟・福島豪雨で被害を受けた人々が集まって、

只見川流域の東北電力と電源開発の発電ダムの影響で、豪雨災害が起きた

と指摘したそうです。

ダムの操作規定を発電優先から、住民の生命優先にするように求め、

国、県には被害をダムによる災害と認め、水害防止対策の早期実施を要求しました。

新潟・福島豪雨では只見川が氾濫し、

福島県内では金山町、只見町などで住宅33棟が全壊、200棟が半壊し、

只見線も鉄橋が流失してしまいました。

東北電力は自然災害だとして、ダムによる被害拡大を否定していますが、

被災者の会は、東北電に損害賠償請求する方針だそうです。

 

ダム事業者としては、認めたくないでしょうが、これは人の命がかかっています。

異常な集中豪雨では、ダムは治水の役目を果たすどころか、

被害を甚大にするものであることを真摯に受け止めるべきだと思います。

 

フリージャナリストの高杉晋吾さんは、このように述べています。

数十メートル、あるいは百数十メートルのコンクリートダムの狭められた排出口から…

水が巨大なジェット噴流となって下流の住民の住む地域に落下放出されるのである。

この膨大な水の量と激浪は、いかなる山岳の自然な鉄砲水も及ばない怒涛の噴流

の衝撃となって下流に叩きつけられる。

だが、ダムが放出する噴流が落下する地点は何十万トンの激流に耐えられるように

はできていない。人びとが日常生活する土地は地質と砂礫、粘土層、地下水層等が

かさなったやわな地盤である。

これらが「予測以上の洪水」が起きるたびに行われるダムの常態なのである。

石木ダムにも同じことが言えるでしょう。

川棚町の皆さんにも是非知ってほしい大事なことだと思います。

 

ダムの段々畑

水源連のMLに、昨日の河北新報社の記事が紹介されていました。

 

新潟・福島豪雨 金山の住民、東北電に損害賠償請求へ

2013年06月30日http://www.kahoku.co.jp/news/2013/06/20130630t63017.htm


2011年7月の新潟・福島豪雨で被災した只見川流域の福島県金山町の住民が29日、「災害はダムが原因」として、本名ダムなどを設置している東北電力に損害賠償請求する方針を決めた。

損害賠償請求するのは、只見川ダム災害金山被災者の会。斎藤勇一会長は「洪水調整機能のない発電用ダムが、洪水被害を発生させたのは明らかだ」と請求理由を語る。

損害賠償請求の時効の3年を迎える来年7月末までの提訴を目指す。今後、被害額と訴訟参加者を確定して団体請求を行う。

新潟・福島豪雨では只見川が氾濫し、福島県内では金山町、只見町など1市8町2村で住宅33棟が全壊、200棟が半壊、77棟が床上浸水した。

東北電力は自然災害によるものとして、ダムによる被害拡大を否定している。

 

この記事を紹介してくださったSさんは、『只見川の発電水利の概況』のURLも示されました。
http://www.hrr.mlit.go.jp/agagawa/agagawa/saigai/n01/n01-s04.pdf

その中の地図を見てびっくり! 

只見川に沿って、ダム、ダム、ダム・・・

「只見川は発電用ダムの段々畑という状態になっています」

というSさんの表現に納得。

 

これはひどい・・

あまりにもひどい・・

水量が豊富な川だそうですが、

それは、流れを切り刻まれた只見川の、涙なのかもしれません。

 

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 長崎県情報へ

クリックしてね

にほんブログ村 環境ブログ 自然保護・生態系へ

本明川ダムから撤退 賢明な長崎市

6月1日の長崎新聞に大きく報道されたこのニュースが話題になっています。

 

本明川ダム(国営)計画に利水参画していた長崎県南部広域水道事業団が、撤退することになりました。

その理由は、

1.長崎市の新たな水需要予測によると、本明川ダムに水源を求める必要がなくなった

2.よって長崎市は、同事業団から撤退する

3.長崎市が撤退したら、ダム負担金以外の施設整備費の国庫補助がなくなる

4.そうなると水の供給単価が2倍以上に跳ね上がる

5.同事業団としては継続が難しくなったので解散することにした

ということのようです。

 

長崎市は、近年の水需要の減少を冷静に受け止めて将来を予測、

結果、5年前は、日量あと7,500m3必要だとしていた水が、今回はゼロになったのです。

 

長崎だけではありません。

諫早市も、5年前は9,600m3必要と言っていたが、今回は4,800m3に半減。

 

両市の水道局の予測が誠実におこなわれた結果でしょう。

そして、同企業団が解散すれば、時津町と長与町、諫早市の代替水源はどうなるのか、

それは、浄水方法の変更や、河川の水利権の増量などを検討したいとしています。

 

佐世保市水道局も、同じ県内の仲間を見習ってほしいものです。

水需要減少の現実をしっかり受け止めて、

無駄なダム建設から撤退する勇気を学ぶべきです。

そして、どうしてももう少し水源が必要というのなら、

ダム以外の代替水源を真剣に探すべきです。

 

昨日の毎日新聞によると、

長崎市が撤退を決めた理由を田上富久長崎市長は、

「生活様式の変化や節水意識の向上で1人当たりの生活用水が減少したことなどによる」

と説明したそうです。

私たちが公聴会で指摘したことと全く同じですね〜    

 

 

 

要らな〜い!と言われ、困ってる当別ダムの水

他人事ではありませんぞ。

 

これは、北海道のダムの話ですが、無関係と笑っていられます?

当別ダムは昨年完成したばかり。

これでやっと安定水利権が得られ、水道用水が確保できたと万々歳の写真もありますが…

http://www.town.tobetsu.hokkaido.jp/sogo/kouho/kouho_tobetsu/2012/2012_11.data/24-11-2.pdf

 

実際は、企業はダムの水なんか欲しくなかった。

だって高すぎるから。

これまで通り安価な井戸水を使いたいと、今月から供用が開始されたダムの水は未使用。

このままでは料金収入が得られないとして、小樽市と石狩市は道に補填を求めているそうな。

 

いずこも同じでしょう。

佐世保の企業だって、コストはなるべく抑えたいはず。

こんなに急にジャブジャブ水道水を使おうなんて考えるはずがありません。

でも、その有り得ないことを平気で予測するのが、ダム村の方々なのでしょう。

造船業で修繕船が増えるからとか、

佐世保テクノパーク(工業団地)には井戸水を使用している企業があり、それを水道水に変換するとか、

いま造成中の工業団地のためにあらたな需要を確保する必要があるとか、

いろんな理由をつけて、こんな有り得ない推計値をはじき出しています。

 

県や市にいくら言っても、聞く耳を持たないので、

やっぱり、水道料金を払う私たち市民が聞く耳を持つしかないのですよね〜

 

当別ダムのこの現実を、他山の石としましょう〜

 

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 長崎県情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 環境ブログ 自然保護・生態系へ
にほんブログ村

守り続けたい 先人が守った板取

今日、水源連のMLで、素敵な文章に出会いました。

それは関市の「青年の主張大会」でグランプリを受賞した女子中学生の文章でした。

引っ越してきて、住んでみて感じた板取という地域の素晴らしさと、学校生活の楽しさなど、

素直にありのままに綴られています。

そして、美しい板取の自然が今も残っているのは、ダム建設に反対した先人のおかげだと感謝し、

その板取を自分も守っていきたいと述べられていました。

 

この「青年の主張」を聴いた板取の皆さんは、どんなに嬉しかったことでしょう。

特にダム建設と闘ってきた先人の方々は…

想像しただけで、私の顔もほころびます。

 

板取ダムに詳しい方によると、

板取は長良川の上流部で、山の奥のそのまた奥という秘境だったそうです。

その素晴らしい自然を生活の場にしていた村民がダム計画にこぞって反対し、

白紙撤回を勝ち取ったのだそうです。

それは1982年のことでした。

同じ年に、長崎県では石木ダムに反対する住民たちが体を張って闘ったのに、

機動隊を導入しての強制測量が実施されてしまいました。。

 

でも、こちらの住民の皆さんは今も闘い続けています。

そんな皆さんに、この「青年の主張」は、大きな勇気と温かい励ましを与えてくれるでしょう。

 

 

                        「守り続けたい」

 

                                         関市立板取中学校 市川 栞

 

 私は板取中学校の2年生です。みなさんは、板取に来たことがありますか?板取は山に囲まれ、空気がとてもきれいです。川は底まで見えるくらい透明で、水が澄んでいます。板取は、自然豊かなとても素晴らしいところです。

 私は、この板取に4月に引っ越してきました。転入当初、転入生は珍しいと、いろいろな人に驚かれました。私は今までにも転校をしたことがありましたが、こんなに珍しがられたことや貴重がられたことはありません。それは、板取から出ていく人は多いが、板取へ入ってくる人が少ないからです。私たちの学年でも板取を離れていった子が何人かいたそうです。今、2年生は10人です。もちろん一クラスです。全校生徒は26人、前の愛知県の学校の一クラスの人数より少ないです。人数は少ないけど、さみしくはありません。毎日がとっても楽しいです。学校では、男子も女子もみんな仲良しです。全員がまとまって一生懸命取り組みます。体育祭では私たち2年生が優勝しました。地域では、お祭りや行事などがあり、積極的に参加しています。また、家の前には、きれいな板取川が流れています。夏には友達や家族と川で遊びました。泳いでいると、魚がいっぱい見えます。バ一ベキューや花火もしました。板取に来て1年たっていないけど、大切な仲間とたくさんの思い出ができました。

 さらに、部活のバレーを通して、自分自身が変わることができました。前の学校では、周りの子が部活に行かないと、自分も行かなくてもいいやと思うことがありました。でも、今は自分がやらなくてはいけません。なぜなら、バレー部はぎりぎり6人だから責任重大です。バレーは、板取に来て初めてやりました。最初はまっすぐボールが飛ばないし、思うように体が動かなくて落ち込むこともありましたが、仲間が私のミスをカバーしてくれたり、的確にアドバイスをしてくれたりして支えてくれました。そんな仲間に応えるために、私は家で筋トレをして自分なりに努力をしました。すると、サーブが入るようになり、得点につながるプレーができるようになってきました。以前は楽な方へと人に流されてしまっていた自分が、今は苦しいことでも挑戦し、頑張ることができる自分になれたのです。板取に来て本当に良かったと思います。この板取は、私にとってかけがえのないふるさととなりました。

 しかし、さみしいと思うことがあります。総合の学習で、林業の衰退とともに板取の人口が減っていることや、少子高齢化が進んでいることが分かりました。しかも、若い人は働きに出ていってしまって少なくなっています。このままだと、人口がどんどん減少して、板取がなくなってしまうかもしれません。
 授業で、地域の方から、以前にもダム建設によって板取がなくなるかもしれないという危機があったと聞きました。実際にダム建設によってなくなった村があるそうです。私は板取がなくなってしまうのは絶対嫌だと思いました。板取にはダム反対の看板が残っています。その写素を見て、先人がずっと守り続けてきたからこそ今の板取があることが分かりました。
 では、人口減少を止めるためにどうしたらいいのでしょう。授業で話し合った時、板取に働く場所をつくることが必要だということがあがりました。あじさいまつりなど、板取の自然を生かした観光で地域を盛り上げていこうと地域の方も頑張っています。わたしも自分ができることで板取を支え、ここで暮らしたいと思いました。

 私は、職場体験学習でデイサービスセンターに行きました。最初は緊張してお年寄りとしゃべることができなかったけど、お年寄りの方から話してくれてとてもうれしかったです。ゲームや折り紙などを一緒にやって、笑顔いっぱいなお年寄りを見ると、わたしもうれしくなりました。お年寄りはできないことが多いけど、周りの人がサポートすれば生き生きと生活することができます云高齢化が進む板取ですが、私は介護士になって、お年寄りの役に立ちたいと思いました。そして、大好きなふるさと板取を守っていきたいと思います。

沙流川水害訴訟と平取ダム検証結果

毎日新聞北海道版 2012年10月06日によると、沙流川水害訴訟で国の敗訴が確定したそうです。

 

2003年の台風10号による豪雨災害を巡り、

札幌高裁が国の責任を認め、約3190万円を住民側に支払いを命じた沙流川水害訴訟について、

羽田雄一郎・国土交通相が5日、上告をしない意向を明らかにしたからです。

2003年8月10日、日高町の沙流川にある二風谷ダムが大雨で決壊しそうになったため、

道開発局がダムの水を放流したところ、下流の支流で逆流が起き、

約55ヘクタールが冠水し、床上浸水などの被害が出ました。

原告弁護団の市川守弘弁護士は

「9年間も待たせず、被害が発生してすぐに賠償すべきだった。

ダムが凶器になることは明らかで、国の対応は住民よりダム政策を優先させたもの

と批判しました。

 

国の上告断念を受け、

原告の一人、日高町の農業、矢野静雄さん(74)は

「長かったが国が誤りという判断が出てうれしい。国は国民の安全を守ることを第一に治水をして」

と語り、

小野有五・北大名誉教授(環境科学)は

「国は二風谷ダムを利水ダムとして造りながら治水にも利用。

治水用なら空にしておかなければならないのに、多目的に使ったため限界水位に達するのが早かった。

国はダム政策を見直す必要がある」と話しました。

 

原告弁護団は

「判決は、住民の安全を軽視した国の河川行政のあり方そのものに警鐘を鳴らすもの。

国はダムに依存しない治水政策への転換を」との声明を発表しました。

 

それなのに…

その同じ沙流川に、平取ダムの建設計画があり、

その検証結果が数日前に継続と決まり、まもなく有識者会議に報告されるようです。

 

同じ沙流川に1996年に完成した二風谷ダムは16年しかたっていないのに、

すでに総貯水容量の約45%が堆砂で埋まっています

その沙流川にもう一つダムを造るなんて、日本の河川行政は狂っています

と、水源連の嶋津さん。

 

反対する市民も、

泥水で死んだ川をつくり、堆砂に拍車をかける

世界遺産に匹敵する文化的景観とアイヌ民族伝統の祈りの場などを水没させてはならない

 

この声に耳を傾ける河川官僚はいないのでしょうか・・・

荒瀬ダム撤去開始!

現地の皆さんが待ちに待った荒瀬ダムの撤去が、いよいよ始まりました。

住民の方々はきっとワクワク、ドキドキでしょう。

なにしろ、日本発のダム撤去ですから。

嬉しい半面、何が起こるかわからない…そんな不安もあるでしょう。

でも、とにかく清流球磨川の復活を期待して、皆さん、万歳三唱なさったそうです。

 

毎日新聞の記事を貼り付けます。

http://mainichi.jp/select/news/20120901k0000e040167000c.html

 

荒瀬ダム:熊本で撤去工事始まる

毎日新聞 2012年09月01日 10時55分(最終更新 09月01日 12時01分)

 河川法で定義されたダム(高さ15メートル以上)では全国初となる熊本県営荒瀬ダム(同県八代市)の撤去工事が1日始まった。18年3月まで6年かけて撤去する。事業費は約88億円で、うち19億円の国負担を見込む。県はダムがある球磨川の清流復活を目指し、上下流9地点を中心に環境モニタリング調査も行う。

 撤去は、ダム湖にヘドロがたまり、悪臭などの環境が悪化したため地元が要請した。作業は1日午前8時、地域の生活道路でもあったダム管理橋の封鎖で始まった。施工業者の現場責任者の合図で、作業員が鉄パイプの柵を管理橋の両端に並べた。当面は資材置き場の整備など本格着工に備えた準備工事が続く。

 現場には清流復活を求め、長年ダム撤去を要望してきた地元住民らも訪れた。02年、合併前の旧坂本村議会に地元の請願を提出した元村議、元村順宣(よしのぶ)さん(75)は管理橋の欄干に酒をかけて別れを告げた。「発電用ダムとして県の発展に寄与してくれたのも事実。ありがとうと伝えた。工事が無事終わって昔の美しい川が戻ったらうれしい」と話した。【取違剛】

 

1954年に完成した荒瀬ダム。

総工事費は26.5億円。(http://kawabegawa.jp/tr/arase/gakusyuukai-arasekeii1.pdf

発電用として建設され、当時は経済成長に必要なダムだったのでしょう。

が、自然破壊のデメリットはあまりにも大きく、年々住民を苦しめるようになったようです。

水質悪化で、アユなどの魚がとれなくなり、観光客は激減、

大雨が降ると、以前よりも水害はひどくなり、

近年はダム湖に堆積したヘドロの悪臭に悩まされ…

村も村民も県に撤去を求め、

10年前に当時の瀬谷義子知事が撤去を決めたのでした。

蒲島知事になって様々な紆余曲折がありましたが、ようやく実現。

 

それにしても…

建設に要したのは26.5億円で撤去には88億円もかかるという意外な事実。

 

長崎県も他人事ではありません。よくよく考えて欲しい。

石木ダムも建設するときの事業費は、

県負担分の半分を国交省から、佐世保市負担分の3分の1を厚労省から補助してもらえるでしょうが、

撤去の時は国はアテにできないようですよ。

荒瀬ダムのように、造るときの3倍以上の費用がかかるとすると、

285億円の3倍以上だから…約900億円!?

そんなお金を国に頼らず、県や佐世保市だけで用意できるのでしょうか?

まあ、知事も市長もその頃はもうご存命ではないでしょうから、知ったこっちゃないとお思いでしょうが、

50年後100年後に、その処理をさせられる知事や県民のことを考えてください。

私たち県民市民も、ツケを未来に残すやり方は、そろそろ考え直しましょう。

そんな政治家に1票を投じるのは、そろそろ止めましょう。

 

荒瀬ダムと球磨川

荒瀬ダム撤去記念イベント“荒瀬で遊ぼう”当日。

前日に続きいい天気!

土手の上の桜も満開!

人々は何を見ているのでしょう?

河原でもみんな何かを見つめています。

その視線の先にあるものは…

カヌーレース?

いえいえ、河童レースです。

川面に浮かぶ黄色の小さな点々が見えますか?

あれは河童の人形。

これです。

河童レースのチケットを買うと、そこには番号が印字されていて、

この河童ちゃんたちの足の裏にも番号が貼ってあります。

ゴールインした順番にその番号が記録され、午後からの表彰式で発表。

たくさんの賞品が用意されていました。

河原には、こんな河童さんもいて、子どもたちの人気者。

会場の一角に展示された作品もお見事でした。

 

たくさんの河童たちが、ありがとう!と言ってます。

「荒瀬ダム」ではなく「荒瀬無駄」撤去工事が始まるのを歓迎しています。

一体一体、形も表情も違う河童たち…すごい!可愛い!面白い!

式典が終わると、昨夜に続いて、今日もあちこちから美味しそうな匂いが…

 

河童レース終了後、夫と私は車で上流へ向かいました。

初めて見る球磨川をもっと知りたくて…。

やはり、上流の球磨川は青かった!

それにしても大きいなぁ。佐世保の川とは大違い。

運良く、橋を渡るSLにも遭遇!

流域にはたくさんの桜が、春を謳歌するように咲いていました。

この辺は流れが速いな〜と思っていたら、急流下りの船がやってきました。

乗ってみたかったけど時間がなくて・・・残念!

 

急いで会場に戻り、熊本名物の「だご汁」の昼食を食べ、いよいよエコツアーに出発。

「自然観察くまもと」の皆さんのご案内で、瀬戸石ダムから球磨川を下って行きました。

 

これが瀬戸石ダム。

荒瀬ダムの上流7kmほどのところにあるダムで、やはり水力発電用のダムです。

魚がのぼりやすい魚道が整備されていると

「ダム便覧」には書かれていますが、

この魚道が親アユの降下を阻害していると

専門家は指摘しています。

 

 

 

こちらは荒瀬ダム。

ゲートは昨年から全開。水の色が瀬戸石ダムとは全然違います。

 

荒瀬ダムの魚道はこちら。

つづら折りのなんとも長い道のりです。

これらのダムができてから、アユが激減、当然釣り客も激減しました。

ダムができると観光客が増えますよ〜との説明を真に受け、

保証金でりっぱな旅館を建てたけれど、実際は真逆。

旅館業は成り立たず、ただの住居になってしまったというお宅です。

 

しばらく下流に向かうと見えてきたのが「遥拝堰」(ようはいぜき)

歴史のあるりっぱな堰ですが、高橋先生によると、ここの魚道は最悪だそうです。

魚が魚道に辿り着けない無意味な魚道だとか。

漁協の人もそう言ってました。

 

こちらは、さらにその下流にある「球磨川堰」

ここの魚道にはアユがたくさん遡上していました。

 

上段の右側黒い部分はアユの稚魚の群れです。

この稚魚をネットの中に誘導し、掬いあげ…

車に乗せて、球磨川上流へ放流するんだそうです。

詳しい作業の様子と、アユたちのその後については、こちらのサイトをご覧ください。

http://kumagawa-yatusirokai.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/1-1ebc.html

 

そういう努力の結果、なんとか今でも球磨川でアユ釣りができるのでしょうが…

でも、それでいいのでしょうか?

稚アユたちは、苦労せずに(楽しまずに)川の上流に辿り着いていいのでしょうか?

人間によって運ばれたり、孵化させられたり、そうして生きているアユが

「天然アユ」なのです。

 

高橋先生がおっしゃっていた「野生のアユ」の意味がやっと理解できました。

 

かつての美しい流れの中で、生まれ育ち、川と海を自力で行き来する…

そんな日が訪れたら、アユたちはどんなに幸せでしょう。

それはまた、人間の幸せにも繋がると思うのですが…