石木川ミュージアム(連載3)

石木川ミュージアムの立ち上げまでの道のり。

石木川ミュージアムの改装に向けて、おばちゃんたちの協力を得てお部屋の片付けと掃除までは完了。

連載2のつづきです。





改装は順調に進んでおりましたが、わたし自身の体調がかなりしんどくなっておりました。

カレンダー配布の件ですでに疲弊していましたし、2021年冬、とうとう長いうつ状態に入りました。



その間、2月の2~3週間ほど時間をかけて地元の大工さんにお願いして
トタンがむき出しになっていた部屋にベニヤの壁を貼っていただいてました。



実際の改装費用よりもかなり安くしていただき、感謝…

お部屋の電気工事は、地元の岩下さんに無償でやっていただきました。

こちらにも本当に感謝です。



石木川ミュージアムの改装費用はカレンダーの売り上げを大いに活用させていただきました。

買ってくださったみなさん、寄付してくださったみなさん、本当にありがとうございました。



私はというと、この改装期間中はほぼ何もできないまま、二、三ヶ月が経過。

改装中、何度か現場を見に出向く程度で(でも、うつ状態で本当は誰とも接したくない心境…)

改装は無事に完了したのちもその後しばらく放置…

体調が優れず自宅に引きこもり状態で両親に当たり散らす日々が続いていました。

そこに突然入ってきた訃報。

2021年4月20日のこと。

ダム小屋に通っていた岩永サカエさんが突然亡くなったという知らせが入りました。





その日も、わたしは気分が優れず抗議行動に出かけていた母に突然電話をかけ、

「わたしの話を聞いてほしい!」と言って急遽母は帰宅してきました。

ところがいざ母と話をしようとしたら我が家に訪ねてくる人があり、

お隣の家の岩永サカエさんが社協の「いきがいセンター」の温泉施設で倒れて心肺停止状態だと、

家族の方に連絡しても電話が繋がらないので親戚の女性が我が家を訪ねてきたのでした。

実は母は民生委員をやっておりまして、ピンチヒッターで慌ててサカエおばちゃんの所に向かいました。



突然の訃報に私は目が覚めたような感じになりました。

人っていうのは、明日どうなるかもわからんのやなぁ…と。

あんなに元気で、死にそうになかったサカエおばちゃんがまさか。

それがきっかけとなり、石木川ミュージアムをどうにか始めてみよう、動かしてみようということになり、

机や椅子、丸太のテーブルを持ち込みまして、試しに作品を展示。

まずは、宣伝なしでミュージアムに通うリハビリから始めました。

2021年5月はじめのことでした。



次回へつづく

報告/こうばるほずみ