今年も恒例のこうばるほたる祭りが開催されます。
今日は地元川棚町内の新聞折込にもチラシが入っていました。
「毎年5月の最終土曜日に開催」が定着しています。
今年は今のところ天気にも恵まれそう。
みなさん今年も遊びに来てね。
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第32回こうばるほたる祭り
日時 2019年5月25日(土)
雨天決行!
時間 18時よりぼちぼち始まります
場所 こうばる広場
住所 長崎県東彼杵郡(ひがしそのぎぐん)川棚町岩屋郷
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こうばる地区のホタル鑑賞期間は5月下旬から6月中旬ごろまでです。
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5月6日、史上初の10連休!最終日、ようやく「こうばる探検隊 春の巻」の開催です。
春というにはチト遅い気もしますが、暑からず寒からず、ピーカンでもなく…野原や河原で遊ぶには最高の日和でした。
午前10時、こうばる広場には、佐世保や川棚、東彼杵からやってきた親子とスタッフ46名、そして、こうばるの子どもたちやお父さんなど7名が集まりました。
まず初めに、こうばるのお母さん代表のすみ子さんから歓迎の挨拶をいただきました。
続いて、スタッフのKさんとNさんから今日の探検コースの説明。
そして、昆虫博士の西澤先生から大切なお話が…。

ここには野原がある。川がある。ここの川は深過ぎない。子どもが遊べるいいところです。
でも、川があって、野原があって、田んぼがある。こういうところにはマムシがいます。危ないよ。勝手に先に進まない。あいつら弱虫なんだ。弱虫だから驚いて噛みつく。脅かしちゃダメだ。必ず大人の後についていくこと。いいな!
大人は子どもを守ってください。
一人が噛まれたら、今日の遊びは終わり。誰かが怪我したら遊びは終わり。
だからいいか、自分の身は自分で守る!危ないことはしない!
とたんに子どもの顔つきが変わる。真剣な表情。しかも怖がってはいない。
大人も変わる。私語がピタリと止み、背筋も空気もピンとなる。
西澤先生の合図で皆まぁるくなって、少しずつ前へ。

草の中に隠れている虫たちを追い込んでいきます。
そうして飛び出してきた虫たちを捕虫網で捕まえて透明のケースへ入れてじっくり観察。

見るだけでなく、手に載せて感触を得ることも大事。

触りたい人?ハイ!と元気な子どもたち。
先生の手から子どもたちの手へ次々と。
さあ、みんなも自分で捕まえてごらん!と言われ、大人も子どもも目を皿にして虫探し。

何が捕れたのかな?

分からない時は、自然観察指導員の方に尋ねたり、昆虫図鑑で調べたり。

そうやって捕獲した虫たちを子どもたちは得意げに先生の元へ。

ヒラタアブ、キリギリス、トノサマバッタ、オオカマキリ、ハムシ、ジョウカイボン、コメツキムシ等々たくさんの虫たちがいたようです。
(トイレ係の私、子どもたちを公民館へ案内していたので、写真が撮れなかった!残念!)
実はみんなが集まる前に、既に広場の隣の家のそばで見つけた虫もいましたよ。
この野原に、ポツンと1本の桜の木。

この木の幹の肌には髭のようなもじゃもじゃがたくさん…

近づいてよく見ると、ミミズのようでもあり…

これはミノムシの仲間でガの幼虫だそうです。
と言われても一般的なミノムシとは似ても似つかないですよねー。
先生の説明を聞きそびれたので、帰宅後ネットで調べた限りでは、ヒモミノガの幼虫のようです。
http://mushi-akashi.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-2d3f.html
でも、このヒモだかヒゲだかミミズだかわからない細長いものが蛾になって飛んでいくなんて信じられない…昆虫はまさに変化する生きものですねー
さて、そろそろお腹の虫も泣き始めたので、お昼にしましょう~
向かった先は…
川原公民館!
みんなお腹が空いていたんだね~食べるのに夢中で急に静かになりましたよ。手作りのお弁当が美味しそう!
食事が終わるとすぐにまた賑やかに!
お絵描きタイムです。
午前中観てきた虫たちを、思い出しながら、あるいは撮った写真を見ながら、または図鑑を参考にしながら張り切って描いています。

クワハムシ!上手ですねー
ハナムグリ!表と裏と両方を描いてくれました!
よく観察してる!
子どもたち、すごいなー

マツムシもいたんですね!
トノサマバッタ!横顔だけなのに、雰囲気でてますねー

一番人気はテントウムシでした。
描きやすいからかな?
絵画的なものあり、図鑑的なものあり、アニメっぽいものあり、楽しい~
お絵描きを終えると、朝と同じこうばる広場へ。
そこには、歌のお兄さんならぬ、歌のオジサンとオバサンがいて…

「さんぽ」や「小さな世界」「手のひらを太陽に」などなど、みんなで楽しく歌いました。
着いたのはここ。

石木川の河原です。まさに石がごろごろ。自然のままの河原です。
いつものように全員集合!

西澤先生から、どんなところに魚がいるか、虫がいるか、どうやって見つけるか、見つけたら捕まえてバケツに入れておいて、後でここに持ちよることなどが伝えられ、話が終わると同時にみんなバシャバシャ川の中へ。




おおー、捕れてる捕れてる。

再び全員集合。
集まったバケツの中身を白いバケットに入れて観察です。
こちらは、カエルと水生昆虫の仲間。

「白い筋があるので、これはたぶんヌマガエル。
左上の細いヤツはトンボの幼虫、ヤゴです。
イトトンボかハグロトンボかミヤマトンボか…?」
「それから、このクモみたいなヤツ、これもヤゴです。オオヤマトンボかコヤマトンボかもしれません」

「これはオニヤンマの幼虫です」
「それから、すごいのを捕まえた人がいます。コオリヤンマの幼虫です」
(正直、この写真はどっちだったか覚えていません。トホホ)

これらはほとんどカゲロウで、
丸くて平べったいのは、ヒラタドロムシだそうです。
他にもトビケラだとか、ミヤマトンボ、サナエトンボなどなど・・・昆虫の幼虫がこんなにたくさん水の中で暮らしていたとは、全く知りませんでした。
みんなが協力したらこんなに捕れたね。
こんなにいろんな種類の生きものが川にはいます。
僕らが飲んでおいしい水のところには、生きものもたくさんいるんです。
ここの川の水はすごくきれいだってことです。
ここを残してほしいと僕は思う。

どうしたらいいんだ?
どうしてここにダムを造ろうとしているんだ?
水をみんなが欲しがるからだよ。
欲しくないってみんなが言えばいいんだ。
みんな水をいっぱい使い過ぎる!
ここをダムの底に沈めたくなかったら、水の無駄遣いをやめよう!
いっぱい石鹸を付けて、いっぱい水を流して洗うな。
自分に何ができるか、それを考えることが大事。
ひとに頼るな。大人に頼るな。
ここを残したかったら自分で行動するんだ。
「さあ、魚も少し弱ってきたね。そおーっと川に返そう!」
最後に、こうばるに住んでいるSさん(子どもと自然が大好きなお父さん)からご挨拶。

どんな話をされたのか、私はかなり離れたところで撮っていたので、聞こえませんでしたが、皆さんの背中から何となく伝わってくるものがありました。
こうばる探検隊は、まだまだ続きます。
こうばるの自然の本当の豊かさを、私たちはまだまだ知りません。
もっともっと知りたいです。
さぁて次回は、いつ、どんなことをやろうかな~
乞う、ご期待!
貴重な記事を見つけました。ダムの是非について考えるときに思い出したい記事です。自身への備忘録として、また、多くの人に読んで頂きたい記事として、ここに貼り付けます。
平成の記憶・岡山
毎日新聞
建設まで約40年に及ぶ反対運動があった苫田ダム(鏡野町)。深い水をたたえる湖の底にはかつて、立ち退きにあった504世帯の人々が住んでいた。苫田ダム工事事務所長を経験した国土交通省の元官僚、宮本博司さん(66)は「このダムに関わったことが私の人生を変えた」と振り返った。
国による苫田ダム建設計画が表面化したのは1957年の山陽新聞の記事だった。計画では苫田村(現鏡野町)の数百の家屋が水没するとされた。住民たちは集会でダム建設反対を決議し、役場も「苫田ダム絶対阻止」の看板を掲げた。
宮本さんが苫田ダム工事事務所長に着任したのは90年7月。その前は、建設省河川局開発課で働いていた。各地から持ち込まれるダムの計画を精査し、予算を取り付けるのが仕事だ。「ダムのことは全て分かっているような気になっていた」。そんな「おごり」を壊したのが苫田ダムだったという。
着任して見た水没予定地は、山あいの田園地帯。水没予定の504世帯のうち430世帯程度が移転に同意済みで、住人が立ち退いた跡は草がぼうぼうに茂っていた。その間に瓦ぶきの家がぽつりぽつりと残り、田畑の手入れをする人々がいた。
建設計画を推進する県などは86年から、ダム建設に同意した地権者に「協力感謝金」を手渡し、住民らの切り崩しを始めた。そして建設反対派だった地元・奥津町(苫田村など3村合併で誕生。現鏡野町)の森元三郎町長が90年、建設を前提とする町政への転換を表明する。
「出て行ってくれ」。建設反対の立場を崩さない住民の家を宮本さんが訪ねても、初めのうちは門前払いだった。けれど何かと用事をつけて通うと、座布団を出してくれるようになった。「みんな、いい人たちだったんです」。ダムのことでは烈火のごとく怒る男性も、何気ない話をする時には朗らかな笑顔を見せる気のいいおじさんだった。
心に焼き付いている出来事がある。津山市での夏祭りに建設省としてブースを出した数日後、移転に同意していたある地権者の男性が事務所を訪ねてきた。「建設省は奥津をこんなにも苦しめて、よそでは祭りに参加しているのか」。穏やかな付き合いをしていたはずの男性の絞り出すような声にはっとした。
同じく移転に同意した別の女性は、取り壊される家の中を片付けている途中で涙があふれて作業ができなくなった。「奥津の人たちは最後まで建設反対だった。『しょうがない』と自分で自分を納得させて出て行った」。宮本さんは今でもそう思っている。
93年6月に宮本さんは所長の任を終える。翌94年、奥津町議会はダム建設協力の方針を決定。2001年、最後の水没地権者が立ち退きの契約に応じ、03年に全ての地権者の移転が完了した。04年11月、苫田ダムの完成式が開かれた。
あの時何か自分はできなかったのか--。そうした負い目を今も感じ続けている。「『ダムをやめよう』と言おうと思えば言えた。けれど、苦渋の決断で同意した人のことを考えるとそれは違うと思った」。県や国の職員たちもしんどい思いを抱えながら、「とにかくダムを進める」という原理に従っていた。個人がどうにもできない「大きな歯車」が動き、もはや事業中止は現実的な選択肢ではなかった。それは、次に赴任した長良川河口堰(かこうぜき)(三重県)の建設現場でも同じことだった。
「同じようなことになる前にブレーキを掛けられる仕組みを」。宮本さんは官僚として1997年の河川法改正に関わり、ダム建設に環境保全や住民参加の考え方を導入した。淀川河川事務所長だった2001年には、大津市で計画されている大戸川(だいどがわ)ダム建設について国から独立した委員会を設置した。しかし、16年8月、国交省は大戸川ダム建設事業を継続すると発表。建設に反対してきた滋賀県知事も今月、容認する考えを表明した。宮本さんは「物事を変えるというのは、本当に難しい」とため息をつく。
昨年10月、約10年ぶりに苫田ダムを訪れた宮本さん。「責められているような気がする」とつぶやいた。「今あるダムを否定するわけではないが、犠牲を払ってでも造る必要があるものなのか考えないといけない。奥津であったことは、忘れてはならない記憶です」
苫田ダムは、約2035億円をかけて建設された県内3番目の規模の多目的ダム。大雨の際に水をためる「治水」に加え、生活用水などを確保する「利水」の役割が期待された。しかし予想より水需要が伸びず、使わない水の料金を自治体が支払い続ける事態に陥っている。
苫田ダムが供給できる水は日量40万トン。ダム設計時、将来必要になる水量としてはじき出された数字だ。県や市町村でつくる県広域水道企業団が、県内の市町村に水を売る仕組みとなっている。
だが現在、購入されているのは3割の約13万トンに過ぎない。しかも、実際の使用量はもっと少ない。日量約6・5万トンを買う岡山市の場合、使用量は2・6万トンにとどまる。年間約5億円を過大に払っている計算だ。
一方、水が買われないとダム建設費の一部を借金して負担した企業団の経営が苦しくなり、水道料金の値上げにもつながりかねない。今後水需要が大きく増えることは考えにくく、ダム設計当時の見通しの甘さが浮き彫りになっている。
住み慣れた故郷、莫大(ばくだい)な予算や時間、労力--。大きな対価と引き替えに建設された苫田ダムという「遺産」をどのように将来に生かすのか。目を反らさずに考えなければならない。
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宮本博司さんと言えば、河川官僚を経て、今は一市民として、真の治水、未来に手渡す川の在りようを語る貴重な方として知られています。
私も2回ほど講演を聴き、深い感銘を覚えました。
しかし、その宮本さんでさえ、「『ダムをやめよう』と言おうと思えば言えた。けれど、苦渋の決断で同意した人のことを考えるとそれは違うと思った」と言う。
それは違う、と私も言いたい。苦渋の決断で同意した人のために止められないというのは違う。それは言い訳に過ぎない。
本当に苦渋の決断をした方なら、ふるさとが残ることを心のどこかで嬉しく思うはず。社会状況の変化や技術の進歩により、ダムに代わる選択肢が出てきたことをきちんと説明すれば、理解してくれるはず。中には戻ってきたいと思う人もいるかもしれないし、今さら戻れないけど、時々里帰りの気分で足を運びたいと思う人もいるだろう。
「県や国の職員たちもしんどい思いを抱えながら、『とにかくダムを進める』という原理に従っていた。個人がどうにもできない『大きな歯車』が動き、もはや事業中止は現実的な選択肢ではなかった」
それが本当の理由でしょう。そういう現状を変えなければ、苫田ダムの失敗は何度でも繰り返されます。
ダム設計時、将来必要になる水量としてはじき出された数字は日量40万トン。その計画に基づいてダムを造ったのに、「現在、購入されているのは3割の約13万トンに過ぎない。しかも、実際の使用量はもっと少ない。日量約6・5万トンを買う岡山市の場合、使用量は2・6万トンにとどまる」という。
岡山市の使われていない水量を引けば、10万トンあれば十分ということですね。需要予測のわずか4分の1ということ。見通しが甘いというより恣意的だったのではないでしょうか?
おなじようなことが今ここ佐世保市でも続いています。
苫田ダムの失敗に学び、
奥津の人々の悲しみを川原の人々には絶対に味わわせないために、
そして、佐世保市水道の未来のために、私たちのやるべきことは山積しています。
4月22日(月)10時半、私たちは長崎地裁佐世保支部前に集まりました。
11時から始まる進行協議へのアピールです。進行協議は裁判官と原告・被告双方の代理人が今後の進行予定について話し合うもので、私たちは傍聴できません。
それでも、いつもと同じくらいの原告が集まりました。みんなが手に持っているのは・・・
「水道局長!正々堂々と証言を!」と書かれたプラカードです。
私たちは、これまでの裁判を全て傍聴してきました。
佐世保市の主張が書かれた書面や証拠書類も見ました。
事業認定取消訴訟で証言台に立った元水道事業部長の田中英隆氏の発言も聞きました。
しかし、どうしても、何故いま石木ダムが必要なのか?が理解できません。
現水道局長なら、それが語れるはず。
過去の必要性ではなく現時点での必要性です。
佐世保水道の現状を最も把握している水道局長以上に説得力のある説明ができる人はいません。
だからこそ、私たちは、この裁判の原告として、そして佐世保市民として水道局長の話を聴きたいのです。
この私たちの願いを裁判所に伝えたい!
弁護団が裁判所の建物の中に消えた後、私たちは裁判所に向かって、このプラカードを高く掲げアピールしました。
無言でただ掲げました。
さて、結果はどうだったでしょう?
報告集会では、いつものように、まず平山弁護士から経過報告がありました。
こちらが求めたのは、
①嶋津氏と谷本水道局長の証人尋問
②原告6名の本人尋問
これに対して
①嶋津氏については県が反対し、谷本氏については佐世保市が反対
②については特に意見無し
裁判所の考えは
①嶋津氏は採用するが、谷本氏は採用しない
②本人尋問はおこなう
今後の予定としては、
尋問予定日=7月17日(水)
午前~嶋津氏(主尋問+反対尋問=2時間)
午後~原告6人(主尋問+反対尋問=30分×6=3時間)
これで確定ではないが、ほぼ決まりだとのことでした。
この説明に対し、会場からは質問や意見が次々に出されました。
原告:裁判所が谷本水道局長を採用しない理由は何ですか?
弁護団:裁判所は理由は言いません。必要性が無いと判断したとしか言いません。
推測すれば、「谷本氏の証言を聞かなくても、資料は出揃っているので、それを見れば判断できる」と考えているのでしょう。
原告:では、なぜ嶋津さんは採用されたのでしょうか?
弁護団:嶋津さんの場合は軋轢が無いから。谷本さんは佐世保市の職員なので、無理やり呼ぼうとすれば軋轢が生じる。裁判所としてはそこまでしたくない。で、谷本さんを拒否した分、嶋津さんは応じて、バランスをとろうとしたのでしょう。
原告:いくら客観的なデータや資料があると言っても、ダムが必要だと言ってる水道局のトップが法廷で生々しい証言をすることが極めて重要だと思う。説明をしようとしない水道局は市民を軽視している。そういう現状を訴え世論喚起していくことが必要だ。
弁護団:たいへん重要な指摘だ。裁判所でなくてもいいんです。水道局長が市民の皆さんの前で、今もダムが必要だと説明することが大事なのだから、集会や勉強会を開いて、そこに出てくるよう呼びかけ続けることが大事です。
原告:私たちはその呼びかけを何度もやってきたが、その度に「今は裁判中だから」という理由で断られている。裁判中は応じない、の一点張りである。この言い訳を突破する方法があれば教えて頂きたい。
弁護団:向こうは出ていったら負けるとわかっているから出てこない。これからも出てこないかもしれないが、諦めたら終わりなんです。言い続けるしかない。去年よりは今年、今年よりは来年、と少しずつ世論を大きくしていくことが大事なんです。
原告:今までの説明を聞いていても、私にはわかりません。
あのグラフ(水需要予測)を見た時にほとんどの人がおかしいと思うのに、なぜ裁判官はおかしいと思わないのか?
前回、「裁判は社会通念が左右する」と言われたが、ここでは社会通念は影響しないのでしょうか?
弁護団:裁判官にも変な考えの人はいっぱいいます。政治家もそう。変な政治家に投票する市民もいっぱいいるでしょ?それと同じ。それを前提に、ではどうすればいいのか、それを考えていかなければならない。地権者の皆さんが、そういう知事を相手に何十年も闘ってこられたように。
他の弁護士からこんな回答も。
「これは私個人の意見ですが、裁判所が谷本さんを採用しないのは、谷本さんが出てくると裁判所が困るからですよ」(会場から笑い声)
最後に地権者の岩下さんからご挨拶。
この裁判が始まってもう10回を超えました。その間、工事は少しずつですが進んでいます。一日も早く工事を止めてほしいというのが私たちの願いです。
今まで「寒い、寒い」と言いながら座り込んでいましたが、最近では「暑い、暑い」と言い始めています。暑くなるとホコリ(土埃)もひどいんです。いろいろ苦労もありますが、これからも頑張っていきますので、皆さんのご支援をよろしくお願いいたします!
次回は、第11回口頭弁論です。
6月4日(火)14:00~
よろしくお願いいたします。
ビッグニュースです!
昨日投開票だった川棚町議会議員選挙で、石木ダム建設予定地の地権者、炭谷猛さんがトップで当選されました。
炭谷さんが訴えたのは、「自然あふれる川棚町に石木ダムは要らない!!」この1点です。
洪水対策ならダム以外にある。ダムができたら川棚町民は汚いダムの水を原水とする水道水を飲まねばならなくなる。川棚の山、川、海を守ろう!石木ダムは造らせない!
スーパーエレナの前で演説していると、前を通る車の中から多くの人が手を振っていかれました。立ち止まって耳を傾ける方もいました。
その後、この選挙カーに同乗して町内を回りましたが、縁側から、また玄関に出てきて手を振る人もたくさんいました。驚いたのは子どもたちの声援です。車を追いかけて走ってくる子たちもいて「危ないから、もう来ないで~」と言いたくなったくらいです。
「この子どもたちに川棚の美しい自然を残しましょう!ダムではなく、この子たちの子育てに税金を使いましょう!」炭谷さんの娘さんの明るい声が子どもたちにも通じているかのようでした。
午後から選挙カーに乗ったのは「こうばる」の若者たちです。僕たちのふるさとをダムの底には沈めない!皆さんの清き1票をお願いします!との思いを訴え続けたことでしょう。
そんな訴えが川棚町民にしっかり届きました。トップ当選!この意味を川棚町も長崎県もしっかり受け止めてほしい!そして、共同事業者である佐世保市も!です。
その佐世保市の選挙結果はどうだったかと言うと…。
まず、市長選挙は予想通り現職の朝長則男さんの圧勝ですが、それでも、告示日直前に手を挙げた田中隆治さんが2割以上も票を集めるとは意外でした。(朝長さん78,3131票 田中さん21,877票)出口調査では、カジノ反対の声が多かったそうなので、そのような政策に対する批判票が田中さんへいったのでしょう。石木ダムに関しては、反対より賛成の方が多かったとのことで、これは残念でした。
さて、私たちがアンケート調査をおこなった市議選の結果はこちらです。
名前欄が黄色の方々が当選者です。やはり現役は強いですね。石木ダム反対を公約に掲げていた2人のうち1人(共産党候補者)は当選ですが、もう1人の方は残念でした。でも、「佐世保の水と石木ダムを考える市民の会」の仲間からも当選者が出たのはたいへん嬉しいことです。今後の活躍に期待しています!
佐世保市民の皆さん、明後日は市長と市議選の投票日ですね。あなたの1票を託す方は決まっていますか?
あなたは市政に何を期待しますか?
IR?人口減少対策?基地問題?気になることはいろいろありますね。
私たちは石木ダムと佐世保市水道の問題について、各候補者がそれぞれどのような考えを持っているのか知りたいのですが、テレビや新聞等からも情報はほとんど伝わってきません。(市長選に関しては現職の朝長さんは石木ダム絶対推進で、新人の田中さんは今は他にやるべきことがあると言い、その違いは報道されているが、市議選候補者についてはほとんど不明)
そこで、私たち自身の手で、市議選立候補者の皆さんにアンケート調査をさせて頂きましたので、その結果をここに公開します。
1.いつ、どのような方法で行ったのか?
4月3日に、切手を貼った返信用封筒を同封し郵送しました。
2.何人に送ったか?
告示前だったので正確な情報が掴めず、44名中41名に送りました。
3.どのような質問をしたのか?
各候補者へ送ったアンケート用紙はこちらです。
市議立候補者へのアンケート2019-4
4.回答率はどのくらいか?
41名中回答者は9名=回答率22%
(現職の場合、24名中回答したのはわずか4名のみ!)
集計表はこちらです。市議選2019アンケート集計表
・名前の欄が黄色の方が回答された方です。
・番号欄が赤=現職、緑=元職、青=新人です。
・42番~44番の方は情報が得られず送れませんでした。
問題別にまとめてみます。
問1)1972年の予備調査から今日までの石木ダム建設問題の経過と現状について
「よく知っている」と答えたのは、現職1と新人1の2人のみ。
問2)2012年度に佐世保市は、石木ダム事業の再評価を実施しましたが、そこに示された水需要予測は、その後の実績値と大きく乖離しています。いまここで立ち止まり、建設の是非を問うことについて
6人が「立ち止まり議論が必要」と答え、「不必要」と答えた3人は全員現職でした。
問3)石木ダム建設計画により水没予定地とされている川棚町岩屋鄕川原(こうばる)に行ったことがありますか。
「ない」と答えたのは元職の1人だけでした。
問4)2017年度、佐世保市では年間353万㎥(山の田ダム6個分)の水道水が漏れていました。佐世保市は漏水対策をしていますが、漏水はなかなか減らず漏水率は毎年11%を超えています。抜本的対策の必要性について
全員が「必要」でした!
問5)ダムや水道管の老朽化が問題になっていますが、老朽化対策について具体的に考えをお持ちですか。
「持っていない」と答えたのは新人の1人だけ。
問6)人口減少時代に突入し、水需要の減少とそれに伴う料金収入の減少は避けられず、水道料金の値上げや民営化などが取り沙汰されています。安全安心な水道を持続させるための具体的な考えをお持ちですか。
「持っていない」は現職も含め3人。
問7)佐世保市は、水源確保のために石木ダムは必要だとして計画を推進してきました。そのための佐世保市民の負担は353億円ですが、これは2007年時点の予算です。その後の人件費や資材の高騰で完成までには相当の増額が予想され、水道事業会計を圧迫するのは必至です。それでも石木ダムは必要だと思われますか。
「思う」「思わない」「わからない」が3:3:3の同数。
「思う」と答えたのは全員現職でした。
問8)水没予定地では既に一部の農地が強制収用されていますが、地元の方々は以前と変わりなくそこで米や野菜を作って暮らし、家屋を強制収用されても住み続けると断言しています。ダム建設を強行するには行政代執行しかありません。13家族の家や暮らしそのものを破壊しても、ダムのためなら仕方無いと思われますか?
「思う」=現職の2人 「思わない」=5人 「迷っている」=2人
※各候補者がどのように答えているかは、集計表で確認してください。
また、質問は全て2択~4択で答えるものでしたが、5人の方が文章を添えておられましたので、ご紹介します。
・湊浩二郎さん=代替案を検討すべきと思う。→水は必要なので。(生活の多様化により)
・市岡博道さん=2択、3択からの解答方式なので答えに困りましたが、一定解答させていただきました。解答に至るまでいろいろな思いがある事を付言させていただきます。
・松尾俊哉さん=必要、不必要の是非は市民、住民が決めることだと考えます。
・浦川栄一さん=問5に対して「海軍?石綿管?」、問6に対して「人口増の方策は?」、問7に対して「再評価が必要」、問8に対して「ダムのため?市民のため?13家族?」
・武雄智穂さん=アンケートを送っていただき、ありがとうございました。現地にも行って参りました。よろしくお願いいたします。
以上です。
最後に感想を2つだけ記しておきます。
★現職の方と新人の方で傾向が分かれるようです。
現職の方の多くが、水需要予測が現実離れしていても、事業費の負担が大きくても石木ダムは必要で、強制収用もやむを得ないと考え、新人の方の多くは、その逆のようです。
それは何故なのでしょう?
★結果的に32名の方が無回答でした。
返信用封筒を同封しただけでなく、郵送した数日後、各候補者の事務所やご自宅に電話を入れ、アンケート用紙が届いたかどうかの確認と10日までの返送依頼を実施しました。留守のところも多かったので何度も電話したりしました。また、知り合いの議員さんを通じて回答を頼んでもらったりもしました。それでもナシの礫の現職候補者が20名もいたことに憤りを覚えます。
しかし、そのような人を選んできたのは私たち佐世保市民です。
私たちの政治に対する無関心と怠慢が招いた結果です。
反省と共に、回答をお寄せいただいた9人の候補者の方のご健闘を祈ります。
3月16日(土)午後、アルカスSASEBOにはたくさんの佐世保市民が集まり、水ジャーナリスト橋本淳司さんの講演に耳を傾けました。
講演のタイトルは「佐世保の水事情と水道民営化を考える」で、やや硬いタイトル。にもかかわらず、約130人もの方々が参加されたことは、私たち実行委員(佐世保市民有志)にとって予想以上の結果でした。
中には、嘉田由紀子さん(水行政に詳しい元滋賀県知事)の話が聴きたくてやってきたのに、突然の体調不良(インフルエンザの疑い)によるキャンセルでがっかり!という方もおられましたが、そんな方でさえ、「橋本さんの話は予想以上に素晴らしかった。来て良かった!」と喜んで帰っていかれました。
まぁ!そんなに良い講演だったの?聴けなくて残念!とお思いの皆さん、ご安心ください。近々、実行委員の1人がYouTubeにアップする予定ですので、アップされたら、石木川まもり隊ブログでも公開します!ぜひ、お楽しみに!
こちらの新聞記事が、その内容を的確に伝えていますが、
橋本さんの講演のテーマは、まさに人口減少!
人口減少→水道料金収入の減少→施設の維持管理費の不足→施設の老朽化→自治体にとってはお荷物。
そんな中で出てきた水道の民営化案。
政府はコンセッション方式なるものを推奨していますが、それにはデメリットも多いんですよね。
これまでの業務委託の場合、私たちの水道料金は市水道局に支払ってきましたので、それは100%水道事業のために使われましたが、コンセッションの場合、契約した民間企業に支払うので、その料金収入から役員報酬や株主への配当金、法人税などが支払われます。その分、当然、水道事業の質やサービスの低下が予想されるし、経営状態も民間は不透明になるので心配です。
そのようなことから、民営化した海外のケースでは、水道料金の高騰や水質の悪化を招き、再公営化がどんどん進んでいます。
そこで、橋本さんは、水道を持続させるには、ダウンサイジングこそ大事だと力説。
人口減少社会において水道事業を持続させるには、発想の転換が必要。
新たな施設を造って投資する時代の考え方から脱却し、今あるものを補修し更新して持続させる。大規模化ではなく、縮小化、ダウンサイジングこそ大事。
水道から水点へ。遠くから導水するのではなく、地元の地下水、伏流水、雨水を活用。山間地域など。
そのような話を、第2部のトークセッション(橋本淳司×辻井隆行パタゴニア日本支社長)では、さらに広げたり、深めたり。
中でも、会場の関心を集めたのは、水道料金の話。
前述のような老朽化対策やダウンサイジングをせずに、旧態依然のままの運営を続けていると、2040年には水道料金をこんなにも上げざるを得なくなるという予測の表が紹介されました。
これは橋本さんが作られた資料ではありません。「新日本有限責任監査法人 水の安全保障戦略機構事務局」の作成によるものです。新日本有限責任監査法人とは、国内4大大手監査法人の1つです。
そこがまとめた資料「人口減少時代の水道料金 全国推計 推計結果」(2018年3月29日)https://www.shinnihon.or.jp/about-us/news-releases/2018/pdf/2018-03-29-02.pdfの中の1ページを取り出したものが上の写真です。
この推計によると、2040年の時点では、長崎市よりも佐世保市の方が水道料金は高くなっています。(20㎥あたり)
2015年=佐世保市4,119円、長崎市4,433円
2040年=佐世保市5,827円、長崎市5,770円
何故でしょう?それは老朽化対策にどれだけ取り組んでいるか、将来のツケを減らす努力をどのくらいしているかの差と言えるでしょう?
ところで、この表を見て皆がギョッとしたのは、川棚町のデータでした。
値上げ率248%!?全国トップ9位の値上げという予測。
う~ん、この要因は何でしょうねー
人口減少だけではなさそうです。
最後に会場からの質問を受け付けると沢山の手が上がりました。
Q:雨水や再生水の利用が大事だと思う。それを広めるにはどうしたらいいか?
A:雨水を溜めることは水源確保だけでなく、下水の負荷を軽くしオーバーフローを防ぐ。また、ヒートアイランド現象対策にもなり、温暖化への対応としても有効。個人と行政の間に水道サポーターのようなものを作ったらどうか?水道局と市民がもっと近づいて意見交換できるような仕組みが必要。岩手県矢巾町のような。
Q:周りには石木ダムが必要と言う人もいるが、人口減少社会への危機感が足りないと思う。私は不便を感じていない。足りないと思うなら工夫して暮せば良い。ナンバーワンではなくオンリーワンの佐世保を目指すような社会にするには、どうしたらいいのか?
A:水についての教育も大事。こどもたちに情報を発信し、考えさせる。先生が教えるのではなく、子どもに考えさせる。子どもは未来を切り開く力を持っている。
その他にも、漏水率についてや、地域格差をなくすには、水道事業はなぜ独立採算制を取るのか等々の質問が出されました。
最後に、辻井さんが「昭和」という言葉を投げかけ、それがキーワードとなって、橋本さんは素晴らしいメッセージで締めてくださいました。
辻井:最近、高校生が「昭和時代」と言ってるのを耳にした。僕らが明治時代と言うように、若者にとっては過去の時代なんですね。この春には新しい年号が生まれる。1ヶ所に大きなものを造って遠くに届けるという昭和の発想は、もう古い。切り替えなければならないですよね。
橋本:過去を振り返るタイミングは年号が2つ変わった時のようです。江戸時代を振り返れたのは大正時代。明治時代を振り返ったのは昭和のとき。私たちもまもなく昭和の呪縛を俯瞰して見られる時代に突入しようとしています。
橋本:これから我々は気候変動に悩まされるだろう。それは水となって表れる。水が無くなったり、大雨が降ったり。そのとき人間の力には限界がある。生きものや、森や土に守ってもらうしかない。新しい時代を機に、これからは水の循環に目を向けてみませんか?川の流れを追いかけたり、さかのぼったり。水版ブラタモリをやって、自然を大切にしてもらいたいと思います。
という提案に、笑いや拍手が巻き起こり、皆さん、笑顔で会場を後にしていかれました。
難しい話を分かりやすく語って頂いただけでなく、佐世保水道に関する私たちの悩み(漏水や石木ダム)に風穴を開けて頂いたような気がします。
佐世保市民の皆さん、佐世保市水道の未来のために、私たちにできることは何か?発想を切り替え、新たな視点で、一緒に考えていきませんか~
(^^)/
なんと裁判の連チャンです。
3月11日の福岡高裁に続き、12日は長崎地裁佐世保支部で口頭弁論。こちらは10回目です。
この日も沢山の傍聴希望者が集まってくれました。一番広い401法廷でも傍聴席は50なので、毎回抽選です。
長崎新聞の記事にあるように、またもや、証人尋問の可否は先送りになりました。
その理由は裁判官の交代によるそうです。
渡邊裁判長が移動になるので、新裁判長のもとで証人尋問をするかどうか決めたい、そのための進行協議を4月22日11時~、次回口頭弁論は6月4日14時~と決まりました。
う~ん、私たち素人にはわかりませんねー。証人を呼ぶか呼ばないかで、どれだけの時間を費やせばいいのでしょう?
原告側が立証計画として証人尋問について申請したのは昨年9月16日の第7回口頭弁論期日でした。あれからちょうど半年です。半年かけてもまだ決まらない。早くて4月22日?6月4日?それでもまだ決まらないかも…。
私たちの弁護団は福岡県内の方が多く、北九州市からも毎回、新幹線や特急みどりを乗り継いで来られているのです。傍聴に参加する人たちも、みな忙しい人ばかり。中には仕事を休んで駆けつけている人たちもいます。
佐世保市が、それほど水道局長の尋問に反対する理由は何なのか?
意見書が提出されました。こちらです。佐世保市意見書(H31.3.6)
ここに書かれてあることは、要するに、
①石木ダムが不要ということを立証するためなら、これまで原告側が請求した資料データは全て提出しているのだから、その書証に基づいて立証すればいいでしょ?
②慣行水利権を保有水源に含めないのが妥当かどうかは法的な問題なので、尋問に基づいて判断することではないでしょ?
よって谷本局長の証人尋問は不要です。
ということのようです。この意見書を受け止めて裁判所も不要と判断するのでしょうか?
高橋弁護士は、この日の進行協議にやや落胆の表情で、次のようにコメント。
この意見書を認めて尋問の必要がないと裁判所が判断するなら、私には驚きでしかないし、簡単には受け入れられない。
なぜなら、この裁判は民事の工事差止訴訟である。今現在、この工事を止めるべきかどうかが問われている裁判である。この工事を続行すべきか止めるべきかは、この工事の必要性を判断せねばならず、その判断において、いま石木ダムが必要かどうかの判断が不可欠となる。
だから、私たちは、佐世保市にとって石木ダムが不可欠と考えている水道局長に尋問したいのだ。勝ち負け以前に、谷本さんの陳述は必要なのだ。
谷本さんは、私たちの質問に対し、堂々と答えてほしい。
この思いは、まさに私たち佐世保市民の思いです。その工事費の多くを佐世保市民が負担しています。石木ダムの必要性がしっかり納得できれば気持ちよく負担できますが、それを曖昧にされたままで、お金だけ徴収されても不満が募るばかりです。
原告側弁護士の質問は、私たちの疑問です。その疑問に、法廷の場で堂々と答えて頂き、解説して頂けますよう、強く願っています。
私たち市民が当局に公開の場での説明会を求めると、いまは裁判中なので…と断られます。裁判の場でも質問に答えないとなると、水道局長は逃げていると誤解されますよ。石木ダムの必要性が説明できないのかな?説明できないということは、必要性がないからなのかな?と。
それは違う!と言いたいですよね。であれば、佐世保市の弁護団に直訴して、ぜひ証言台に座って、必要性をしっかり訴えてください。それを私たち市民は、賛成反対にかかわらず、心から願っています。
3月11日、石木ダム事業認定取消訴訟控訴審の第2回口頭弁論が福岡高裁でありました。
今回は、前回よりも少し広い法廷(前回は傍聴席80、今回は84)でしたが、今回もほぼ満席!福岡市民の皆さんも11名傍聴。ありがとうございました!
長崎県内からは、長崎市発諫早経由と、川棚発佐世保経由の2台のバスをチャーターして向かったのですが、川棚発のバスが途中渋滞で遅れ、門前集会に間に合わず、皆さんにご心配ご迷惑をおかけしました。原告団事務局としてお詫びいたします。次回はもっと余裕をもって出発しますねー
さて、本題です。
今回の弁論で原告側代理人は、第3~第6の準備書面を提出し、その要旨を法廷で読み上げました。
第3、第5、第6が利水関係で、その要旨はこちらです。
19.03.11-利水関係準備書面要旨
傍聴席から見て裁判長の左(右陪席)の裁判官が、諫早湾開門判決を無効にした方だと知ったNさんは、つい「悪いヤツ!!」なんて書きこんじゃってます。
第4は治水関係で、その要旨はこちらです。
19.03.11治水関係準備書面要旨
今回弁護団が一番強く主張したのは、ダムの必要性の根拠となる水需要予測の再評価を佐世保市が避けている事実です。
佐世保市は2012年度に再評価をして以降、これまでずっとやっていません。本来であれば5年後の2017年度に実施すべきものですが、市はあの手この手を使って、それを避けているのです。
なぜそこまで再評価を嫌がるのか?それは、いま再評価をすると、石木ダムが必要という結果を出すのが難しい、それがよくわかっているからに他なりません。2012年度の時でさえ数字合わせに四苦八苦したのに、これ以上は無理!と自認しているからでしょう。
しかし、どんなにあの手この手を使っても、2022年度には再評価をしなければならない。これは必須です。そして、それは石木ダムの完成予定年度です。
再評価の結果石木ダムは不要との結論が出ても、もう出来ているか完成間近…その時、その責任は誰が取るのか?巨額の血税を無駄にした責任は誰が取るのか?こうばるの住民を追い出し、暮らしもコミュニティも人生も破壊した責任は誰が取るのか?
土木部長か?知事か?佐世保市長か?佐世保市水道局長か?誰も取らないし、取り得るはずがない。取り返しのつかない事態になるだけ。
だからこそ、いま、その事態を回避するために、私たちは裁判で闘っているのです。
しかし、この闘いに勝つのは現実的にはたいへん難しい。なぜなら…
その理由の1つが「コッカムトウセキ」の論理だと、馬奈木弁護団長。
コッカムトウセキ?初めて聞く言葉です。調べてみました。
「国家無答責」=王は悪を為さず=国家に間違いはない、という戦前の論理。
違法な公権力の行使によって個人が損害を受けても、国が間違いを犯すはずはないので責任は負わない、という考え方。
戦後は、憲法17条で、「何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたときは,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができる」と定め、この規定を実施するために国家賠償法が制定されたのです。
ところが、未だに国家は国民より上だと勘違いしている公務員が多く、それだけでなく、国と国民は対等平等であることをわきまえていない裁判官も多い。だから行政訴訟で勝つのが難しいのだそうです。
私たちが勝つには「社会通念」が大事。
水俣病訴訟は社会通念=水俣病は国に責任があると大多数の国民が思っていた=で勝てた。
原発は社会通念=国民の多くは原発が必要だと思っている=によって負けた。
嘘でしょ?国民の多くは原発は無くしたいと思っていますよ。世論調査をすると半数以上が反対ですよ。
と言っても通用しない。だって、ほとんどの人が九州電力の電気を使っているでしょ?原発で作った電気を使っている、つまり原発を容認していることになるのだそうです。(えー!そうなるの?それは大変!急いで対策を講じよう…)
やはり、とにもかくにも、石木ダム要らない!の世論をもっともっと大きくしなくちゃ…ですね。 (^^)/
次回は7月3日(水)14:00~です。
石木ダム建設絶対反対同盟が結成されて40周年の節目となる今年の団結大会。川原公民館は多くの参加者でギューギューです。
今回は、過去40回の決議文のコピーも配布され、歴史の重みを実感させられました。
その後いつものように来賓挨拶。弁護団の高橋先生に始まって、県内の各団体(石木ダムに反対する川棚町民の会、石木ダムの清流とホタルを守る市民の会、いしきを学ぶ会、石木川まもり隊)、川棚町議等の挨拶が続き…今年はこの方も!
こうばるの人々、風景、闘いを追い続けて数十年。3.11以後は全国の被災地を飛び回り、多忙を極めながらも、時間を見つけては、ひょっこり現れます。大西さんの温もりと優しさは、お顔だけでなく作品にも滲み出ていますね~
今度あらたなドキュメンタリー作品を制作されます。「悠久よりの愛~ダム建設を阻止した人びと」(仮題)
その中に、この石木ダム問題も取り上げられるのです。ぜひ良い作品を生み出してほしいですね。完成が待たれます。
がんばろうー!の後は、
いつものように、美味しいご馳走(こうばるのお母さんたちの手作り「団結料理」です!)に舌鼓。笑顔と会話、ハーモニカの演奏など、会場は熱気ムンムンでした~
NHK NEWS WEB
川棚町に建設が進められている石木ダムの予定地の地権者らが建設に反対する40回目の大会を開き、ダムの白紙撤回を目指すことを改めて確認しました。
長崎県と佐世保市が川棚町に建設を進める石木ダムをめぐっては、13世帯の地権者でつくる「石木ダム建設絶対反対同盟」が毎年、この時期に大会を開いています。
ことしで40回目となった10日の大会は、川棚町の川原公民館で開かれ、地権者や支援者などおよそ80人が集まりました。
この中で、地権者の炭谷猛さんは「ダム建設に絶対反対を貫こうと決起し、私たちが40年間やってきたことは間違っていなかった。若い人たちと一緒になって継続していくことが大事です」と話しました。
このあと、別の地権者がダム建設に伴う道路工事に対する抗議の座り込みが、延べ590日にのぼっていることやダムの事業認定の取り消しを求めた裁判の状況などについて説明しました。
また、支援団体からは、学習会の開催や地権者の暮らしを追ったドキュメンタリー映画の上映などによって石木ダム建設の必要性を考えてもらう機会が増えたことが報告されました。
最後は、参加者全員でダムの建設計画の白紙撤回まで団結していくことを確認していました。