10月8日午後1時半、福岡高等裁判所前。
石木ダム工事差止訴訟控訴審の門前集会に、こんなにたくさんの人が!
コロナ対策で法廷に入れる人はごく一部なのに…
午後2時半、開廷。
提出された書面や証拠を矢尾渉裁判長が確認した後、控訴人側(当方)から3人が意見陳述をしました。
トップバッターは、鍋島弁護士。
控訴人らが主張している人格権とは「自己が選択した土地で継続的かつ平穏に生活をし、快適な生活を営む権利ないしは人格的生存を図る権利」です。
一審がこの権利を認めなかったことは全く理解できません。
控訴審では、この権利について適正に評価していただき、侵害行為の違法性について改めて判断いただきたい。
201008意見陳述(鍋島)
続いて高橋弁護士。
2019年度水需要予測は2012年度の予測よりもさらに酷い。掟破りの禁じ手である。
それは、そうでもしないと4万トンが不足するというダムの必要性が証明できないからでしょう。
しかし一方では、災害や渇水に備えるために石木ダムを建設するのだと議会等では説明しています。
このような理由で石木ダムを建設することは許されず、工事は差し止められるべきです。
20.10.07-控訴審J1要旨
最後は住民の岩下すみ子さん。
私たちは自然豊かな「こうばる」を父母、祖父母、何代も前のご先祖さまから受け継ぎ守ってきました。
そしてそれを次の世代に引き継ぐために預かっているのです。
私たちはこれからもここで生き続けます。その権利を認めてほしいです。少数者として斬り捨てないでください。
意見陳述書(岩下すみ子)
これらの陳述を聴き終え、裁判長は当方弁護団に尋ねました。
人格権についての主張は一審と変わらないか?
人格権から派生してどのような憲法上の利益が侵害されるのか?具体的に知りたいと。
その質問に対して、当方弁護団長の馬奈木弁護士が立ち上がり、
変わらないときっぱり答え、しばらく両者の間でやり取りされていましたが、その内容がどうしても聞き取れませんでした。
(顔の向き、マスク、そして私の難聴のせいで…トホ…)
その後のやり取りの中でおや?と思ったことが1つあります。
佐世保市の代理人が、治水についての主張をできるだけ早く提出するようこちらに求めてきたのです。
なぜ?佐世保市の代理人は利水についての担当であり、治水担当の県の代理人が何も言わないのに…不思議です。
いずれにしても全ての書面を次回期日1週間前までに提出することで落ち着きました。
次回期日は、12月10日(木)14:30~ です。
閉廷後、隣の弁護士会館へ移動し、すぐに報告集会が始まりました。
初めに弁護団事務局の平山弁護士から、
今日までの流れと今日のやり取りの説明がありました。
その中の権利性について、高橋弁護士から補足説明がありました。
一審での争点は、3つあった。
➀石木ダム工事の差止を求める権利があるか否か
➁その権利が侵害されているか否か
➂その侵害が許されるか否か。
一審判決は権利が無いと切り捨てたので➁➂には進めなかった。
その判決は我々には全く理解できない。権利はあるはず。
今日のやり取りでは、裁判長はそこには異を唱えなかった。
その権利が工事によってどのように侵害されているかを求めていた。
なるほど~少しわかった気がします。
人格権という言葉に私たち自身も馴染みがなく争点がぼやけていた感じでしたが、そういうことか~
続いて、陳述者の皆さんからの解説です。
鍋島弁護士:一審判決は住民は工事差止の権利を持っていないと判断しました。私は、判決文を何十回も読みましたが、なんで権利性が無いというのか、その理由が全くわからなかった。それで今日は当然認められるべき人格権について言葉を変えて説明しましたが、正直これ以上どう説明すればいいのか…と思っていました。でも、今日のやり取りの中で、裁判官が具体的に何を聞きたいのかが見えてきたので、次回期日までに準備したいと思います。
高橋弁護士:佐世保市は水需要が増えるから石木ダムが必要と主張しているが、その需要予測のやり方がおかしい。とんでもない手法(禁じ手)を使っています。そして、市はこの予測は正しいと裁判では言い張っているが、議会や市民に対しては、需要が増えるからとは言っていない。災害や渇水に備えるために石木ダムが必要と言っている。使い分けているのです。これは行政がよく使う手で珍しいことではありません。我々はあくまでも、この予測が間違っていることを(グラフを見れば一目瞭然)多くの人に伝えていきましょう。
岩下すみ子さん:私たちは何十年もこのダム問題と闘ってきました。それは、私たちが、このこうばるを預かっているからです。私たちの代でこの地をダムにするわけにはいきません。こどもたちに引き継いでいかなければならないんです。本当は普通の暮らしがしたいです。でも、毎日お弁当を持って、リュックをからって、山の工事現場に座り込んでいます。そういう状態がもう10年以上続いています。これからも頑張り続けますので、皆さん、ご支援よろしくお願いします。
そして、馬奈木団長から、法廷で裁判長とやり取りしていた権利性についての説明がありました。
権利侵害については、誤魔化しというか形式論というか、問題があります。
例えば、工場を建てるために海を埋める工事を行っているとする。その差し止めを求めても、海の埋め立てで何か被害は出ていますか?出ていないでしょ?埋め立て後に工場ができてその煙で初めて健康被害などが出るんでしょ?となる。その段階で初めて権利侵害が認められる。こういうやり取りがずっと行われてきたんです。
石木ダムの場合も同じです。いま付け替え道路工事を行っていますが、それで何か被害は出ていますか?と。出ているなら具体的に示せと言われているんです。しかし、その道路工事はダムを造るための事前の工事であり、ダムができればそこに住めなくなり権利が侵害されるのは明らかですよね。ダムができて追い出されて初めて訴えなさい、出直してきなさい、そうおっしゃるんですか?と、次回は正面から問いたいと思います。
また、県や佐世保市は原告を十把一絡げにして、川原住民以外の原告はそこに住んでいないのだから、ダムができても何も侵害されないではないかと主張しています。そこで我々は現地住民の権利に絞って主張しています。
続いて、会場からの質問や意見が求められると、福岡市民から沢山の手があがりました。
福岡市民:利水についての意見陳述はあったが、治水についてなかったのはなぜですか?
馬奈木団長:治水に関して一審では、ダム以外の対策を示しても「行政の裁量権」を盾に、こちらの主張は退けられました。しかし、最近の事例(堤防強化を怠ったために破堤したケースや、ダムからの緊急放流により人命が奪われたケースなど)により、治水についての考え方も今いろいろ議論されている。そこで、去年や今年の新たなデータや専門家の分析も得ながら、新たな視点で2回目の期日に向けて準備中です。
福岡市民:私は有機農業の研究をやっています。農業を生業とする者には水や田畑が必要。そういう観点から裁判に活かせないか?
馬奈木団長:それは裁判内よりも裁判外の議論になるだろう。また、その観点を長崎で活かすなら、石木ではなく諫早の方が相応しい。諫早では干拓地での農業と後背地の農業の問題があります。干拓地よりも耕作放棄地の面積の方が広い。わざわざ干拓地を作るよりもそれまで営まれていた農業を守るべきだったのではないか。そういうことを裁判の外で議論することが大事だと思います。
司会者:付け加えさせていただくと、川原では農業というよりも、家族や県外で暮らす子どもたちのために米や野菜が作られています。収入を得るためではなく、先祖代々の土地で作物を育てる喜び、分かち合う暮らしの豊かさを大事にしておられます。それはまさに、いま世界的に求められているSDGs、持続可能な社会を目指す生き方であり、だからこそ私たちもここを皆で守りたいと思っています。
福岡市民:意見陳述書にある人格権を裁判所はなぜ認めないのか、それが不思議だったが、先ほどの弁護団の説明でそれが分かったし、事業認定取消訴訟と工事差止訴訟の違いも分かりました。私たちの生活を守るためには私たちが行動しなければならないことを改めて感じました。
大村市民:岩下さんの陳述を聴いて胸が締め付けられるようでした。「川原のうた」はいつ頃作られたのでしょうか。映画も見ましたが涙が止まりませんでした。私は大村市民ですが、この問題は多くの人に伝えたいし、私たちも頑張って行動して行かねばならないと思いました。
長崎市民:私は週に2回ほど現地の座り込みに参加していますが、行き帰りの車の中でいつもこの「川原のうた」を聴いています。CDがあるので必要なら係の方に言えば入手できると思います。
福岡市民?:岩下さんの陳述の中で、「祖父母の闘いを見て自分もその闘いを継いできた。子や孫に『こうばる』を残したい」とおっしゃっていました。私も先祖代々受け継いできた土地で暮らしているので、その気持ちがよくわかります。まさにそこの部分で裁判を頑張れないものでしょうか?頑張ってほしいと強く思います。
馬奈木団長:行政訴訟(石木ダム事業認定取消訴訟)で、一審の裁判長が判決で何と書いたか。「代わりの土地は用意してある」と書かれていたんです。それを見て私は激怒しました。我々は、そういうものの考え方をしている裁判官たちと対峙していることを自覚しておかねばならないのです。
岐阜県民:私は徳山ダムの件で闘ってきましたが、既にできてしまいました。その敵討ちのような思いで、石木ダムだけは止めたいと応援しています。13世帯の人権を奪ってはいけない。この事実を多くの人に伝え世論を作ることが大事です。全国からの支援が必要だと思います。
最後に岩下和雄さんが自らマイクを握って訴えました。
今日はたくさんの方にお集まりいただき、ありがとうございます。
一審では私たちにダムを止める権利は無いと言われました。しかし、10年ほど前、佐世保市長は私にこう言いました。「佐世保市民の豊かな生活のために石木ダムは必要」と。有り余るほどの水を得るために石木ダムが必要ということです。なぜ佐世保市民の豊かな生活のために私たちが犠牲にならなければならないのか。私たちには人格権は無いのでしょうか。
私たちの闘いは50年に及びます。その間工期は8回も延長され、水需要予測も度々変わっています。50年ほど前の水需要予測では16万5千㌧でしたが、今では11万5千㌧。5万㌧も減っています。しかし、実際の給水量は7万トン以下です。このような事実を二審の裁判官にはぜひ理解してもらい、現地も見てもらい、私たちの人格権を認めてほしいです。
そして、皆さんにも一度こうばるに来ていただきたい。私たちは平日の午前中、毎日抗議行動(座り込み)を続けています。皆さんのご支援をよろしくお願いします。
私たち石木川まもり隊からもお願いします。
石木ダムを止めたい、抗議行動に参加したいと思っていても、参加できない人はたくさんいます。遠くに住んでいたり、仕事をしていたり、学校に行っていたり、立場上反対運動に参加できなかったり…
そんな方に代わって、もし、あなたが、1日だけでも参加できる日が有り、行ってみようかな?というお気持ちになったら、こうばるに足を運んでみませんか?
事前にご連絡頂ければ、出来る限りご案内します。
こちら→ michi30@hyper.ocn.ne.jp
私は、石木ダム建設には絶対反対です。
映画も見ました。嘉田さんとも話しをしました。白紙撤回した場合は、県?国?が立ち退きで買い取った土地を農業のしたい人に販売や貸出をして、資料館やセミナーハウスを作り、学校の環境教育の聖地にするなどの構想も、反対派は発表してはどうでしょうか?
県知事の立場に立ってみると、自分が決めた事ではない事を、白紙撤回するには、相当の勇気と覚悟が必要だと思われます。県知事の安心、安全の為にも、反対派の白紙撤回後の構想が必要だと、私は思います。