今日の定例記者会見で中村知事は中断している「付け替え道路」の工事を、早ければ来週にも再開する考えを明らかにしました。
着工に向けた調整が進んだ?
どんな調整が進んだというのでしょう?
住民の理解は未だに得られていないのに…
地権者の再三にわたる話し合い要求は蹴り続け、
地権者や私たち支援者が集めた署名、皆さんの思いが詰まった署名の受け取りさえ応じていないのに…!
今朝の長崎新聞は一面でこのことを報じ、「19日にも工事再開」と明記していました。
地権者ら反対派の対応が焦点となるなどと書かれています。
しかし、反対派が看過するわけはありません。
「必要性のない事業を推し進めようとする県に対する抗議行動はおこなう」と以前から宣言しています。
つまり、この道路工事の道路とは、ダムで水没する県道に代わる付替え道路であり、
ダム建設がなければ造る必要のない道路なのです。
だから、ダム建設の必要性についてまず徹底的に議論して、
その上で建設すべしとなって初めて工事にかかるべきですが、
そこのところを県は避けて通り、工事だけは熱心に実行しようとするのです。
だから抗議してるのに、知事は、
「妨害行為が違法であるという司法判断が示された。妨害行為がないことを願っている」と主張。
誰も好きで妨害行為なんてやりませんよ。
そんな暇人、こうばるにはいません。支援者も同じです。
でも、時には体を張って止めなければならないこともあります。
沖縄の闘いがそれです。
いま全力で止めないと、未来が危うい。
沖縄県民の人権が危うい、日本の平和主義が危うい、沖縄の海の環境が危うい…
だから何としても止めたいとの思いで全国から抗議行動に人々が集まっています。
石木ダムの場合も同じです。
川原住民の人権が危うい、石木川の環境、ひいては川棚川流域の環境、そして大村湾の環境が危うい、
だから地権者だけでなく体を張って止めようとする人々が現れるのです。
仮処分を受けた16人は抗議できなくても、別の人々が抗議行動を起こすでしょう。
川棚町の皆さん、県民の皆さん、
川原住民や支援者が、なぜこの道路工事に反対するのか、ご理解ください。
そして、ほんとうに石木ダムが必要か、みんなで考えてみましょう〜
間違いは、間違っている、と正さなければ、正義の御旗を立てるべきです
平成25年にJA佐世保会館において、佐世保市水道局が開催した、「再評価委員会」の1月2月の佐世保重工業SSKkの工業用水の4,412トンの過大評価の資料を再評価委員に提示したことが、間違いの基礎、つまり、原因です。
このことを、裁判所に訴えて、間違った資料だったことを、正さなければ、今の現状の打開には、不可能だ、と思います。
この組織のリーダーの人たちが、前佐世保市水道局長のしたことを、正すことです。
ここの原因を正さなければ、解決出来ない、と感じます。
工業用水の資料のでっちあげが原因ですので、この原因が間違い、と言うことを訴え、厚生労働省の認可の取り消し、また、国土交通省の認可を取り消すことです。
その際、長崎県河川課の間違った広報を伝えるべきです。
平成25年6月に、河川課は、川棚町の水害は、石木ダム建設とは、無関係と「非」を認めました。
長崎県河川課が間違っていた、と謝ったのに、まだ、長崎県知事は、強行に石木ダム建設に執着しています。
普通、人間は、間違いに気づけば、反省し、態度を改め、謝ります。
こんなことをしている長崎県知事がいるから、子供たちのいじめがなくならない、と感じます。
リーダーは、責任を以って、司法に訴える時です。
最後に、石木ダム建設の代替えは、佐世保市南部水系下の原ダムかさ上げ、と佐世保市水道局職員も認識しています。
それは、今の建設技術で、可能である、とはっきり、言っています。個人の名前は、言えません。
速く、石木ダム建設事業の見直しをすべきです。
そして、長崎県が間違っていた、と謝らせるべきです。
Unknown
事業認定の際の佐世保市の水需要予測はダム反対派が指摘したとおり通り大きく外れ、佐世保市の27年度予算の見通しでも大きく下方修正したことで、事実上行政側もその破綻を認めました。予測は極端な右肩上がり、実績値は確実な右肩下がりですからその差が今後ますます大きくなっていくことは明らかです。
公聴会の時、反対地権者側からの「過大予測」との指摘に事業者席に座っていた県の職員の一人が「予測が当たったらどうするのか」と発言していたのを覚えています。予測は外れました。予測を前提に「石木ダムは必要」と言っていたのです。その前提が破綻し、いわば「無効」なったわけですから、それでもなおダムが必要というなら、付け替え道路工事の再開の前に長崎県や佐世保市はその理由をまず説明すべきです。そうでなければ「予測詐欺」と言われても仕方がないでしょう。
県の対応は理性を欠いていて、しゃにむにに突き進む姿勢はまるでダム建設に取り憑かれた一種のカルト集団のように感じます。