昨日は午後から、素敵なお客様を川原へご案内!
中央の人物、誰だかわかります?
知ってる人はビックリ!ですよね。
そう。詩人でエッセイストで翻訳家のアーサー・ビナードさん
アメリカ人だけれど日本語ペラペラ。というより、日本人以上に日本語に詳しい不思議な人。
その知識と感性と表現力で、文筆活動だけでなく、ラジオ、テレビなどにも・・
最近はこんな素晴らしい番組を放送中。
BS11 「アーサー・ビナード 日本人探訪」
そんなアーサーさんが石木ダム問題に関心を持ってくださったのは、とても嬉しい!
埼玉にいる頃は彼の紡ぎ出す言葉に魅せられて、何回か講演会に足を運びましたが、
まさか、こんなところでこんな形で再会できるとは!
アーサーさんを連れてきてくれた坂田さんに感謝!
坂田さんは今では「国連生物多様性の10年市民ネットワーク」の代表として大忙しなのに、
埼玉にいるころ出会った「ケンジュウの会」坂田さんのまんま、少しも変わらない。
パワフルで温かい人。遠くからのSOSに答えて行動してくれる頼れる人です。
今回はアーサーさんの他にもお二人(TV番組編集者と坂田さんの仲間)の方が参加、
合計4人で、はるばるやってきてくれました〜
今日は朝から抗議行動を視察?ではなく、一緒に抗議。
4人とも皆と同じ法被を着て、横断幕を持っています。
アーサーさんは無理やり突入する県のやり方を嶮しい表情で見つめます。
業者が入り、県職員はダム事務所に引き揚げていき、4人の皆さんは、しばらく現場でインタビュー。
地権者や支援者の話を聞いた後、石木ダム建設事務所を訪ね、古川所長と1時間以上意見交換をおこないました。
ダム事務所には先客がいて、しばらく待たされることになったので、
その時間を利用して、近くにある海軍工廠の地下工場跡を見学。
入口は金網で塞がれていますが、奥行きが47mもあるので、声を発すると響く響く・・
話す言葉が全てこだまとなって返ってきました。
このようなトンネルが川原郷にも掘られました。
今はもう塞がれていますが、川原にも戦時中の爪痕が残っています。
ここは軍で使うからと追い出され、平和な時代になって戻ってきてしばらくしたら、
今度はダムを造るから出て行ってくれと言われたら…やりきれないですよね。
ダム事務所から戻ってテントでお昼を食べ、午後からは山の方へ。
県は付替え道路を造るために山の木々を伐採しています。
チェーンソーの音が、まるで樹木の悲鳴のように、遠くまで響いてきます。
その悲鳴を打ち消すように、スピーカーから流れているのはお経です。
信仰心の篤い川原の皆さんは、無駄な工事のために命を奪われる樹木をも悼んでいるのでしょうか。
アーサーさんは、その傍らに座り、禿山になっていく森をずっと見つめていました。
その背中を見ながら、私は、ダム事務所で語ったアーサーさんの言葉を思い出していました。
僕の国アメリカでは、たくさんのダムが造られて、いくつもの川が殺されていった。
もう造る時代は終わって、壊す時代になっている。
市民には、60年前に(ダムの環境への影響について)認識があったら…と、
猛烈な虚しい後悔がある。
日本はアメリカの真似をしてやってきたが、まだダムを造ろうとしている。
視野狭窄だ。世界を見ていない。
アメリカ人としての後ろめたさを含めて言いたい。
アメリカ人と同じように自殺しないで!
あなた達は崖の上にいるけれど、まだ止められる。
さっき、戦争中のトンネル工場を見て来た。
あれを造ろうと決めたのは1944年でしょ?
その頃、降伏を決断していれば、あれを造ることはなかったし、原爆の被害もなかった。
石木川をジオパークにしよう。
棚田を世界遺産にしちゃえ。
棚田は日本人の素晴らしい知恵。治水と利水の両方を兼ね備えている。
なのに、ダムを造って棚田を潰すの?
それって日本を潰してアメリカを造るみたいだよ。
広い視野で考えて!
アーサーさんの言葉を反芻するうちに、別の言葉が浮かんできました。
ダムを造って棚田を潰すの? 安保法案を創って憲法9条を潰すの?
それって日本を潰してアメリカを造るみたいだよ 平和な国を潰して戦争する国を創るみたいだよ。
アーサーさんはきっと母国への悲しい後悔があって、
その思いを第二の母国である日本には味わってほしくない
と思っていらっしゃるのではないでしょうか。
ダムも戦争も、そして原発もきっと同じ。。
こどもたちや地球の未来のためにも・・