石木ダム計画を巡り、水没予定地の
長崎県川棚町の反対地権者らが19日、
中村法道知事と5年ぶりの面会を果たした。愛着のある土地の所有権が、県収用委員会の裁決により失われる最後の日だった。1962年に計画が持ち上がってから世代を継いで続く戦い。静穏を奪われ、怒り、泣いてきた住民たちが、
行政代執行の権限をもつ知事に、整然と思いの丈をぶつけた。
川原(こうばる)地区の13世帯を中心に水没予定地に土地をもつ計16世帯の4歳~90代の計約50人が午前10時過ぎ、県庁3階会議室に入った。まず若い世代の家族が、強制収用しないよう訴えた。
最多の9人家族の松本好央(よしお)さん(44)は、4世代そろって面会に臨んだ。
口火を切った松本さんが語ったのは、県が強制測量をした1982年5月、機動隊の前に立ちふさがった小学2年の時の恐怖心だ。「あれは、
長崎県の汚点だ。今度は前代未聞の暴挙をしようとしている。だが我々はこの先も住み続ける。勇気ある決断を」と計画断念を求めた。
長女で川棚高2年の晏奈(はるな)さんが父の話を継いだ。「ひいばあちゃんと畑で野菜を作り、食べ、
田植えもやってきた。兄弟とホタルや魚を捕まえてきた」とふるさとの日常を紹介。「帰る場所がなくなるなんて考えたくもありません」と話し、声を詰まらせた。会場から、あちこちですすり泣きが漏れた。晏奈さんは思いをしたためた便箋(びんせん)を中村知事に手渡した。
松本さんの祖母マツさん(92)は、工事の監視を兼ねる通称「ダム小屋」に週2日こもる。「山が崩れ、ブルドーザーが動き回るのを見るのは悲しい。この年になってどこへ行けと言うのか? 一日も早くやめて下さい」と嘆願した。
3世代7人で暮らす炭谷潤一さん(38)は「強制的に土地を奪おうというのはおかしい。ダムの必要性の問題ではなく人道上の問題だ」と指摘。「私は家族と川原の人たち、コミュニティーを守る。絶対に手を触れさせない」と決然と述べた。長女で石木小3年の沙桜(さお)ちゃん(8)が「家がなくなるなんていや。川原が大好きです」と書いた便箋を読もうとしたが、嗚咽(おえつ)で言葉にならない。潤一さんに肩を抱かれながら、それでも最後まで読み上げた。
この間、地権者たちと目を合わせることはほとんどなかった中村知事を、石丸キム子さん(69)は「知事、顔をあげて下さい」と柔らかい口調でたしなめた。炎天下の現場に来ている県職員を気遣い、「本来の県民のための仕事をさせてあげて」と求めた。
1972年に当時の川原の総代や県知事らが交わした覚書を取り上げた地権者もいた。「建設の必要が生じたときは、協議の上、同意を受けた後着手する」などという覚書の取り決めを「県は簡単に破棄した」と地権者は批判。知事は「司法の場で明らかに」などとして回答を避けた。
面会後、中村知事は取材に対し、「ふるさとへの熱い思いは大切にしなければならない」と述べながらも、「(利水や治水の)対策の必要性はいささかも変わっていない」と、事業推進の姿勢は変えなかった。
面会を傍聴した前
滋賀県知事の
嘉田由紀子参院議員は、地権者らを前に「法にも理にも情にもかなっていない事業。今日が(戦いの)新たな始まりです」と声を上げた。
川原地区の地権者13世帯は土地の補償金の受け取りの拒否を続けたため、補償金は19日までに法務局に供託された。(原口晋也、小川直樹)
長崎県と
佐世保市が川棚町で建設を進める石木ダムを巡り、水没予定地の川原(こうばる)地区に住む13世帯の地権者らが19日、県庁で
中村法道知事と面会した。居住地の明け渡し期限が11月18日に迫る中、ふるさとに住み続ける決意を知事に伝え、強制収用に踏み切らないよう求めた。
面会に臨んだ住民は4歳~90代までの約50人。「知事、どれだけ弱い者いじめをするのですか?」。川原地区に4世代で住む自営業松本好央さん(44)が口火を切った。長女の晏奈(はるな)さん(17)は「ふるさとが奪われるのは絶対嫌です」と思いをしたためた手紙を読み上げ、知事に手渡した。
1975年に建設が決まった石木ダムは水没予定地の用地買収が進まず、県収用委員会は5月の裁決で、川原地区を含む約12万平方メートルの明け渡しを命じた。地権者の土地所有権は9月20日午前0時に国へ移り、11月18日までに居住地から立ち退かなければ、県は
行政代執行による強制収用が可能になる。実際にこの手続きに踏み切るかどうかは知事の判断だ。
知事が立ち退きを拒む地権者と会うのは5年ぶりだったが、ダムの必要性を積極的に訴えることはせず、約2時間半の間、聞き役に回った。今後も面会の場を求める声には「機会を頂ければありがたい」と応じた。
ただ、面会後に取材に応じた知事は「事業全体を進めていく必要があると改めて感じた」と強調。代執行については「しかるべきタイミングで、決断をしなければならない」と述べた。(小川直樹)
石木ダム反対地権者5年ぶりの知事面会
https://www3.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20190919/5030005402.html